登記簿が告げた不審な依頼

登記簿が告げた不審な依頼

登記簿が告げた不審な依頼

午後の静けさを破るように、ドアが軋んだ音を立てて開いた。現れたのは、黒いサングラスに安物のスーツをまとった男だった。いかにも「訳ありです」と全身で語っているような風貌に、思わず眉をひそめた。

「土地の登記を急いでやってもらいたい」と言うその男の口調は、どこか芝居がかっていて妙に耳に残る。怪盗ルパンが変装してやってきたような、そんな錯覚さえ覚える。

資料を見せてもらったが、所在も名義もいまひとつ釈然としない。これは、、、なにかある。

見慣れぬ依頼人の態度

男は椅子に腰掛けると、まるでこちらを値踏みするかのような視線を送ってきた。時折、腕時計をちらちら見ながら落ち着かない。

「時間がないんでね、先生、頼みますよ」と言われたが、急かされると余計に調べたくなるのが司法書士という生き物だ。

どこかで見たような顔だと思った。芸能人かもしれない、いや、警察のポスターか? いやな予感が首筋を走った。

不動産の所在と謎の名義人

調査を進めると、その土地の名義は確かに依頼人のものだが、数年前に亡くなったはずの人物からの相続となっていた。

戸籍をたどっても、その繋がりがどうにも不自然だ。養子縁組の形跡もない。

「やれやれ、、、これはただの登記の話じゃなさそうだな」と、思わず独りごちる。

事務所に走る違和感

サトウさんは机に肘をつきながら、資料をめくっていた。「この実印、違和感あります」とだけつぶやいた。いつもながら観察眼が鋭い。

私はプリンターの紙づまりと格闘しながら、「どのへんが?」と訊くと、彼女は静かに差し出した。

「押印のかすれ方、他と違うんです。印影、別の日のものとズレてます」

サトウさんの冷静な観察

データベースから過去の書類を引っ張り出し、印影を並べて比べてみると一目瞭然だった。微妙なズレ、そして印面の摩耗の度合いが違っていた。

「偽造の可能性が高いですね。コピーじゃない、偽印です」とサトウさんは断言した。

こんな時に限って、事務所の空気清浄機がやたらブオーと唸り始めた。嫌な予感が加速していく。

契約書に残された痕跡

その契約書には、もうひとつ見逃せない点があった。筆跡が、不自然に整いすぎている。

まるで書道教室の手本のような署名。これは他人が見て書いたものかもしれない。

「筆跡鑑定、してみましょうか」とサトウさんが提案する。そういうことを即断するあたり、やっぱりただ者ではない。

過去の登記から見える影

土地の登記履歴をさかのぼると、10年前に一度、同じ地番で所有権の争いがあったことが判明した。

そのときの登記申請人の名前に見覚えがあった。今回の依頼人と、名字が一緒だったのだ。

これは偶然ではない。登記簿の過去が、いま再び動き出している。

10年前の所有権移転の記録

古いファイルを開くと、そこには昭和の香り漂うタイプライターで打たれた書類が残っていた。

しかも、そこに書かれた当時の代理人名に、今回の依頼人と同じ名前があったのだ。だが年齢が合わない。

親子か、兄弟か、それとも偽名か。どれにせよ、怪しいことには違いない。

失踪した前所有者の足取り

失踪届が出されていたことが、戸籍の附票から分かった。10年前、所有者は突然姿を消していた。

相続人がいないまま時間が流れ、今回の依頼が持ち込まれた。あまりに都合がよすぎる。

サトウさんは言った。「この土地、事件現場だったかも」

関係者との対話で浮かぶ仮説

さっそく近所を回って話を聞いた。古い喫茶店のママは、当時のことをよく覚えていた。

「あの土地の人、夜逃げしたって噂だったわよ。変な男がよく来てたし」

変な男。それって、今うちに来たあの依頼人じゃ、、、?

近隣住民の証言

さらに別の住人からも「見たことある」と証言が取れた。だが名乗っていた名前とは違う。

登記名義を利用してなにかを隠そうとしている。そんな気がしてならなかった。

謎は深まるばかりだが、少しずつピースが埋まっていく。

元司法書士の不可解な沈黙

その当時、申請を代行した司法書士に電話をかけた。受話器の向こうで一瞬、沈黙が走る。

「……その案件には、もう関わらないことにしているんです」

聞きたくないものに蓋をした人間の声だった。これは、絶対に裏がある。

サトウさんの仮説と逆転

事務所に戻ると、サトウさんが待っていた。ホワイトボードに手描きの相関図が広がっている。

「この人物、印鑑証明も偽物でした。市役所の発行履歴にない」

一気に空気が張り詰める。ここまでやるとなると、単なる手続き詐欺では済まされない。

印鑑証明のすり替え

サトウさんが手にした偽証明書と、本物の見本を比べてみた。微細な印刷の違いがある。

「家庭用プリンターでは出せない精度です。業者が関わってますね」

こうなると、ただの司法書士の手には余る話だ。

虚偽の委任状と筆跡鑑定

依頼人から提出された委任状の筆跡も調べた。専門家によれば、複数の書類で筆跡が一致しない。

誰かが依頼人になりすまして、過去の権利を奪おうとしている。いや、すでに奪っているのか。

「登記簿は嘘をつかない」と誰かが言ったが、嘘を重ねた人間が、それを利用しているのだ。

シンドウの決断と真相の行方

私は書類一式をまとめ、管轄の警察署へ向かった。これ以上、見過ごすわけにはいかない。

不動産登記が、犯罪の道具になる時代だ。司法書士がそれに加担するわけにはいかない。

「やれやれ、、、登記簿だけ見てりゃ済む時代は終わったか」独り言が、やけに重たかった。

警察への通報と調査協力

事情を話すと、担当刑事は驚くほど食いついてきた。「これ、詐欺グループかもしれません」

私の提供した情報が、一連の事件の鍵になるかもしれないという。

すこし胸が熱くなった。うっかり者でも、役に立てることがある。

依頼人の正体と動機

後日、逮捕された男の正体は、10年前に失踪した人物の遠縁で、登記簿の空白を悪用していた。

戸籍をたどられにくい微妙な関係性。印鑑偽造、筆跡捏造、登記簿のスキマに入り込んだ手口。

私はサトウさんに言った。「おかげで助かったよ」彼女は小さくため息をついて言った。「当然です」

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓