依頼人が持ち込んだ古い土地の謎
その日、事務所に現れた依頼人は、古びた封筒を胸に抱えていた。開口一番、「この土地、何かおかしいんです」と言った。見せられたのは、昭和の香りがする登記簿の写しだった。
地番、所有者名、登記原因。すべてが一見問題なさそうに並んでいる。だが、司法書士としての直感が警鐘を鳴らしていた。「この違和感、どこかで……」
忘れ去られた相続登記と違和感のある筆界
どう見ても、所有者は既に亡くなっているはずなのに、相続登記がされていない。さらに、筆界を示す記載に不自然な空白があった。そこには記録されているべき測量日や立会者の記載がなかったのだ。
「これは、筆界未定かもしれませんね」と私が呟くと、サトウさんがパタリと書類を閉じて一言。「面倒ですね」その通り、面倒だ。だが、これが事件の始まりだった。
雨の日の訪問者と一枚のコピー
午後、雨音が強くなった頃に現れた二人目の来客。近隣住民を名乗る中年男性が、こちらの登記簿の写しを差し出した。「これ、何かおかしくないですか?」
コピーされた謄本は、先ほどのものとほぼ同じ。しかし所有者欄に、微妙な字体の違いがあった。まるで、後から差し替えたような不自然さを感じさせる。
登記簿謄本の片隅に隠された異変
よく見ると、末尾の「登記官印」が潰れて判別不能になっていた。普通であれば、ここまでかすれることはない。私の背筋に冷たいものが走る。「誰かが、書き換えた可能性がある」
雨は止む気配もないまま、ただ静かに窓を叩いていた。こういう静けさの中に限って、大きな問題が潜んでいるものだ。
空き家の登記簿に記された奇妙な所有者
現地確認のため、週末に問題の土地を訪れた。そこは雑草の生い茂る空き家だったが、登記簿には「居住中」と記載されていた。住んでいる人間はいないのに、誰かの影だけがあるような感覚。
その記載が最後に変更されたのは、10年前。だが、その当時の名義人は5年前に死亡している記録が戸籍にあった。
二重登記の可能性と司法書士の違和感
私はふと、記憶の片隅にあった講習会の一幕を思い出した。「二重登記によって、不正に土地を奪う手口がある」。まさかと思いながらも、登記識別情報の履歴を照会する手続きを始めた。
事務所に戻ると、サトウさんが既に法務局に電話を入れていた。「前回の登記申請、記録が二件存在しているようです」彼女の冷静な声が、事態の深刻さを物語っていた。
サトウさんの冷静な調査開始
私は少々感情的になっていた。だが、サトウさんは違った。登記原因証明情報を取り寄せ、細部をひとつずつ潰していった。「所有権移転の原因が、急に『贈与』に変わっています。しかも同一人物から二回」
これは明らかにおかしい。まるで、名義人を入れ替えて履歴を消そうとする意図が感じられる。悪質な登記の匂いがした。
ネット地図と登記簿の矛盾点に着目
さらに調べると、登記簿の記載とネット地図の所有者表示が一致しないことが判明。なぜ、ネット地図には別の名前が表示されているのか。しかもその名前は、5年前の死亡者と一致していた。
私は思わず頭を抱えた。「やれやれ、、、面倒なパズルだな」まるでサザエさんのカツオがやらかしたあとの波平のような気分だった。
隣人の証言と古い名義の持ち主
近隣住民への聞き込みで、かつてこの土地に住んでいた老人の話を聞いた。「あの人ね、土地を売ったと言ってたけど、確か書類を出したままだったよ」
書類を出したまま、というのはつまり、売買契約はしたが、登記はなされなかったということだ。それならまだしも、現在の所有者欄の名は、その老人とは全く関係ない赤の他人だった。
近所の噂話が暴いた事実と虚構
「あの家は呪われてるって話もあるくらいですから」近所の人が笑いながら言う。だが、その裏に事実が隠されている場合もある。噂話を馬鹿にしてはいけない。
登記上の名義と実際の権利者が食い違っている。これは、ただのミスでは済まされない問題だ。
昔の契約書に残された署名の筆跡
依頼人の持っていた古い売買契約書のコピーを精査していると、筆跡が微妙に異なることに気づいた。明らかに、筆圧とカーブの癖が違う。
これは偽造かもしれない。だが、それを証明するには専門家の鑑定が必要だ。私は司法書士であって、筆跡鑑定人ではない。
不自然な委任状と印鑑証明の謎
さらに添付されていた委任状を見ると、印鑑証明書の有効期限が過ぎているものが使用されていた。つまり、この委任状そのものが無効の可能性がある。
誰かが、過去の書類を使って不正に登記を進めたのだ。登記簿が語るのは、ただの歴史ではない。人の欲望と嘘の軌跡だ。
司法書士が突きつけた最後の質問
すべての証拠が揃った。私は登記の手続きに関わった不動産業者に連絡を取った。「この登記、あなたが提出しましたよね? 登記識別情報はどうやって得たんですか?」
電話の向こうで沈黙が続く。やがて、かすれた声で「持ち主の了承は得ていました」と言った。だが、それを裏付ける書類はどこにもなかった。
全てが繋がったときに現れる犯人像
結局、虚偽の書類で登記を進めていたことが判明し、刑事事件として警察に通報された。依頼人の土地は取り戻されたが、精神的な疲労は計り知れなかった。
私は深く息を吐き、カレンダーを見上げた。「次の講習会、何時だったっけな、、、」
やれやれまた雨が降ってきた
その夜、事務所を出ると、再び雨が降り始めていた。傘を持ってきていない私は、しばらく軒下で雨を見上げていた。
後ろから「ほら」と言って傘を差し出してきたのは、サトウさんだった。私は受け取りながら「やれやれ、、、女にモテないくせに、事件にはモテるんだな」と独りごちた。