登記簿の片想い

登記簿の片想い

登記簿の片想い

春先の雨がぽつぽつと事務所の窓を叩く午後、電話のベルが無情にも静けさを破った。出ると、意外な名前が耳に飛び込んできた。「久しぶり。登記のことで相談したいの」。忘れかけていた声だった。まさか、あの人が。

春の雨と妙な依頼

依頼人は元カノだった

やってきたのは、昔付き合っていたユリという女性だった。年齢を重ねてもあの頃と変わらぬ気品を漂わせていたが、目の奥にどこか焦りが見え隠れする。「一つの土地を、昔の恋人と共有名義にしてしまってね。その名義を修正したいの」そう言って微笑んだ。

不自然な委任状の提出

彼女が差し出した委任状には、見慣れない署名が記されていた。それは、ユリの元恋人だという男の名義だが、どこか筆跡に違和感がある。まるで書き慣れていない人間が、それらしく書こうとしたかのような…。私は少し背筋が寒くなった。

共有名義の謎

婚姻関係のない二人の共有登記

登記簿を確認すると、確かにその土地はユリとその男の名義になっていた。だが、結婚もしていなければ、同居の履歴もない。不動産の評価額は想像以上で、単なる恋人関係で共有するような軽い話ではない。何か裏があるとしか思えなかった。

削除された記録欄の不在

さらに調査すると、不自然なことに登記簿の履歴からある変更記録が削除されていた形跡があった。正式な修正ではなく、何か不正な手段で書類が差し替えられているようだった。これが誰の手によるものかは、まだ見えてこない。

サトウさんの冷静な指摘

添付書類の順番が違う理由

「シンドウさん、これ、登記原因証明情報の位置が微妙におかしいです。しかも、ファイル名が元の日付と一致してません」サトウさんは冷静に、しかし鋭く書類の異常を指摘してきた。確かに、通常とは違う順番で提出されている。提出日と作成日も一致していなかった。

印鑑証明書の使用期限切れ

さらに調べると、印鑑証明書の有効期限も微妙に切れていた。「これ、法務局が気づいたら補正ですよ」とサトウさんがぼそりと呟く。わざとミスを誘発して補正狙い…いや、そう見せかけた時間稼ぎの可能性すらあった。

恋と錯誤の交差点

若い頃の登記ミスか

もしこれが過去の恋愛感情にまつわる軽率なミスだったとしたら、取り返しのつかない事態だ。恋は盲目、とはよく言ったもので、想いが強すぎた結果の行動かもしれない。だが、それにしては動機が曖昧で、帳尻が合わない。

それとも感情を利用した犯罪か

逆に、恋心を利用して名義を盗もうとした第三者の策略か。ユリがその男の情報を使い、勝手に登記を動かそうとしていたとしたら…。感情と金が交差するとき、人は思いもよらない行動を取る。やれやれ、、、こういうのが一番面倒なんだ。

やれやれの夜間調査

法務局での不審な閲覧記録

私は夜遅くに法務局の閲覧端末のログを調べた。すると、件の物件が何度も検索されていた形跡があった。しかも平日の深夜帯、一般人にはアクセスできない時間帯だ。誰か内部関係者が絡んでいる可能性が浮上した。

旧姓で登録された別の登記簿

さらに調べていくうちに、ユリが旧姓で過去にもう一つの土地を取得していた事実が判明。その土地もまた、件の男性の名義と共に登記されていた。しかも、こちらはすでに抹消登記されている。彼女は過去にも似たような操作を行っていた可能性がある。

二重申請の罠

登記簿の偽造か思い違いか

委任状が二通、日付違いで提出されていた。片方は手書き、もう片方は印字。署名も印影も微妙に異なり、真贋の判断は極めて難しい。しかもその日、登記官が交代していた時間帯。明らかにタイミングを狙っていた。

証明書ファイルに残された旧メール

決定打となったのは、提出書類のPDFに残されていたメタデータだった。そこには、別人のメールアカウント名が含まれていた。私はそれを印刷してユリに突き出した。「あなたが作成したわけじゃないですよね?」彼女の表情が凍りついた。

動機は未練か資産か

相続税対策の影

彼女の動機は、亡くなった元恋人の名義を利用して相続税の対象から逃れることにあったらしい。共有名義のままにしておけば、全額課税されずに済む。それは法の隙間を突いたような、しかし限りなく黒に近いグレーだった。

共有名義で得をするのは誰か

元恋人の家族に連絡をとったが、彼の死はすでに3年前のことだった。「あの人の死で、全てが変わったんです」と彼女は呟いた。だが、それが許される理由にはならない。愛と登記は、切り離すべきだった。

サトウさんの推理が冴える

偽筆の癖を見抜く観察眼

サトウさんは偽筆の特徴をピンセットで摘むように的確に指摘した。「“山”の画数、左払いが甘いんです。本物はもっと力強い」確かに、そう言われて見比べると違いが見える。私はただ感心するしかなかった。

思い出の喫茶店での接触

最後にユリが選んだのは、昔二人でよく通った喫茶店だった。「全部、バレてるのね」とカップの縁を指でなぞりながら彼女は静かに語った。愛と欲の境目で、何が正しかったのかは、もうわからないらしい。

真相と告白と訂正申請

恋の名義は訂正できない

訂正申請書に、静かに彼女は印を押した。それが法的な終止符となる。「これで本当に終わるのね」彼女の声は震えていたが、どこか解放されたようでもあった。恋の名義は訂正できなくても、登記は直せるのだ。

登記だけが真実を語る

司法書士の仕事は、紙の上の事実を整えること。でも、その背後にはいつも人の感情がある。だからこそ難しい。だからこそ、意味がある。私は静かに窓の外の雨を見つめた。

そして静かな日常へ

やれやれ疲れる恋の後始末

「もう二度と恋の登記は受けませんからね」とサトウさんが吐き捨てるように言った。私はただ苦笑いするしかなかった。やれやれ、、、本当に疲れる恋だった。

サザエさんのエンディングのような午後

事務所に午後の静けさが戻る。テレビではいつものようにサザエさんのエンディングテーマが流れていた。いつも通りの午後。でも、何かがほんの少しだけ変わっていた気がした。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓