朝のコーヒーと不機嫌な依頼人
突然現れた借用書
朝の雑務に追われていたところに、顔をしかめた中年男性が事務所へ滑り込んできた。
右手に持っていたのは、折り目のついた古びた借用書。どう見ても昭和の香りが漂っている。
「これ、効力ありますよね」と、不安げに差し出されたその紙切れが、今日の騒動の発端だった。
サトウさんの冷静な視線
男が帰ったあと、机の上に置かれた借用書をサトウさんが眺めていた。
「これ、筆跡が二つありますね」──静かにそう言った彼女の声は、予兆のように響いた。
文字の濃淡、力の入り方、明らかに同一人物のものではなかった。
違和感の始まり
数字の並びに潜む不自然さ
借用額の記載欄に、妙に整った数字が並んでいた。「三百三十三万三千三百三十三円」──。
こんな語呂合わせみたいな額、何かのメッセージとしか思えない。
あの有名な探偵マンガなら、「犯人からの挑戦状です」なんて言いそうだ。
筆跡の揺らぎが語るもの
一見達筆に見える筆跡だが、ところどころに震えがある。
特に署名欄の「五十嵐」の“嵐”の字、まるで誰かの筆を真似しようとして失敗したかのようだった。
それをサトウさんに指摘された瞬間、胃がキリキリしてきたのは言うまでもない。
かつての事件と重なる影
過去の記録を漁るシンドウ
やれやれ、、、過去の記録の山に手を突っ込む羽目になるとは。
市役所に通って古い登記簿を閲覧し、さらに金融機関の押印履歴を調べる日々。
その合間にコンビニで買ったパンを食べながら、「俺って何してんだろ」とため息をつく。
妙に似た名前のパターン
調べれば調べるほど、別人の名義で似たような金額の借用書が複数存在することがわかってきた。
しかもどれもが筆跡を少しずつ変えているが、“嵐”の字だけが同じ癖を持っていた。
パターン化された偽造。これはもう、偶然では済まされない。
サトウさんの推理
文字に隠された暗号の法則
サトウさんがふと呟いた。「これ、数字でメッセージを作ってますね」
彼女は借用額を携帯のメモ帳に打ち込み、変換を始めた。3→ミ、3→ミ、3→ミ……「ミミミサンミミミ」。
まるで電波を受信したかのように、「サン=三」という名前が浮かび上がった。
借用書は誰が書いたのか
結論から言えば、依頼人自身が書いたわけではなかった。
依頼人の兄が、彼の名義を借りて資金を調達し、その後逃げたらしい。
筆跡と癖字から割り出されたその事実に、依頼人は唖然としていた。
契約の裏にいた人物
真犯人の思惑
犯人は、兄というより「家族」という立場を使って巧妙に法の網をかいくぐっていた。
署名は代筆、借用は虚偽、それでも見た目は「有効な契約」。
その罠に気づけたのは、サトウさんの一言と、俺の胃痛のおかげだった。
司法書士としての逆転
最終的には、筆跡鑑定の助言と、本人確認が不十分だった金融機関側の責任をつき、契約は無効とされた。
「これぞ逆転裁判」と心の中で叫びながら、俺は黙って一礼した。
地味な戦いだが、司法書士の名に恥じぬ勝利だったと信じたい。
解決の朝と味気ないパン
依頼人の涙と真実
依頼人は、涙をこらえながら頭を下げた。「兄とは絶縁します。本当にありがとうございました」
そう言われても、こちらは法律に則って手続きをしただけなのだが、少しだけ報われた気がした。
ただその背中が、どこか寂しく見えたのは、気のせいではなかった。
やれやれ、、、また胃薬か
事件が終わった翌朝、いつものコンビニでいつものパンを手に取る。
レジの前でサトウさんに言われた。「先生、もうちょっと胃に優しいもの食べたらどうですか?」
やれやれ、、、結局最後に刺してくるのは、あの塩対応の事務員なのだった。