朝の依頼人
古びた登記簿と不審な一言
朝一番の来客は、どこか落ち着かない様子の中年女性だった。彼女が持ち込んだのは、父親が遺した土地の件だったが、登記簿に妙な仮登記が残っているという。登記簿を開いた瞬間、私は眉をひそめた。何かが、おかしい。
サトウさんの冷静な観察
依頼人が帰ったあと、隣の席のサトウさんがぽつりと漏らした。「あの人、嘘はついてませんけど、何か隠してましたね」。さすが、観察眼が鋭い。私は軽くうなずきながら、机に積まれた案件の束を眺めた。やれやれ、、、今日も面倒な一日になりそうだ。
忘れられた土地
地番の違和感
調査を始めてすぐ、仮登記されていた地番に違和感があった。地番そのものは確かに存在するが、隣接地との繋がりが不自然だった。昭和の地図と照らし合わせてみると、どうやらかつて存在した細い私道の跡地に関係しているようだった。
仮登記の謎を追って
仮登記の名義人は、すでに30年以上前に亡くなっていた。しかし、その後の登記が行われていない。放置された仮登記のまま、土地は何度も売買されていた。まるで、あえて誰かが更新を避けていたかのように。
隣地の証言
昭和の境界線と現代の混乱
近隣の古株である大家の爺さんに話を聞くと、「あの道は昔、通学路でねぇ」と懐かしそうに語った。しかし、その道はいつの間にか埋め立てられ、別の所有者に渡っていたという。どう考えても自然な土地の流れではない。
サザエさんの家のような町内会
町内会の様子は、まるでサザエさんのご近所のようにのんびりしていたが、その裏には水面下の地権争いが渦巻いていた。誰もが少しずつ事情を知っているのに、誰も口を開かない。だが、それはある一人の人物を恐れているからだとわかってきた。
消えた所有者
過去の登記簿からの手がかり
古い登記簿を丹念に見直していくと、ある時期だけ異常に筆跡が雑になっているページがあった。そこには、仮登記名義人の署名も記載されていたが、不自然な上書きがされていた。司法書士として、これは見過ごせない痕跡だった。
戸籍と住民票を照らし合わせる
名義人の戸籍をたどると、確かに死亡している。しかし、住民票上の移転記録が死亡の後に存在していた。誰かが死亡後の情報を使って、なりすまし登記を進めていたのだ。そう、ここにこそ事件の核心があった。
委任状の筆跡
明らかに異なる署名の傾向
依頼人から提出された過去の委任状のコピーには、不自然なサインが記されていた。書き慣れていない筆跡。さらに、同時期の別書類と比較すると、字体がまるで違う。サトウさんが一言、「これ、別人が書いたでしょ」と冷たく言った。
銀行印と印鑑証明の食い違い
もっと決定的だったのは、銀行に保管されていた印鑑と、提出された印鑑証明の不一致だ。偽造されていたのは明白だった。私は検察への告発を視野に入れ、関係者への連絡を始めた。犯人は、もう目の前にいる。
真犯人の影
土地の転売と資金の流れ
複数回の土地売買に伴う送金記録を追うと、全てがある一人の司法書士を介していた。彼は既に廃業していたが、当時は「おまとめ登記」で名を馳せていた人物だ。この名前には、どこか覚えがあった。
司法書士を騙す小細工
怪しい司法書士が使っていた手口は、まさに“探偵漫画”に出てくるような手の込んだ偽装だった。死者の名を使い、書類だけを合法に見せかける。私たち司法書士を逆手に取るとは、腹立たしいにもほどがある。
夜の対決
駐車場に現れた怪しい人物
その夜、かつての名義人の遠縁を名乗る男と連絡を取り、町の外れの駐車場で会った。彼はやけに話がスムーズだったが、肝心なところで矛盾が露呈する。「死亡届は自分が出した」と語った瞬間、全てが繋がった。
サトウさんの一喝と録音データ
男が動揺し始めたとき、サトウさんがスマホを片手に低く言った。「今の、全部録音してます」。その瞬間、男の顔から血の気が引いた。私は少しだけ彼女を見直した。まるで刑事コロンボの助手みたいじゃないか。
警察の到着
事実を裏付ける登記簿の力
警察が駆けつけ、我々が集めた証拠を提示すると、男は観念したように手を差し出した。地味な登記簿と地番の記録が、ここまで事件を導くとは誰も思っていなかっただろう。これぞ司法書士の逆転劇である。
仮登記のまま放置された動機
仮登記をわざと放置することで、土地の所有権を曖昧にし、不正な転売を可能にしていた。それが今回の犯罪の核心だった。私は小さく息を吐き、事件の全容を報告書にまとめ始めた。
解決と報告
依頼人の涙と感謝
翌日、事務所を訪れた依頼人は、静かに涙を流しながら何度も頭を下げた。「父が大切にしていた土地を守ってくださって、本当にありがとうございます」。その言葉が、何よりの報酬だった。
サトウさんはやっぱりすごい
「それにしても、サトウさん、あの一言で全部決まりましたね」と言うと、彼女はふいっと顔を背けた。「仕事ですから」。塩対応だが、それが逆に心地よい。私には、彼女のような人が必要だと痛感する。
やれやれの午後
冷めたコーヒーと独り言
事件の後片付けが一段落して、ようやく口にしたコーヒーはすっかり冷めていた。私は小さく舌打ちしながら机にもたれかかる。「やれやれ、、、もうひと山くる前に、ちょっとだけ寝かせてくれ」。
明日もまた依頼は続く
窓の外では、町の夕暮れが静かに広がっていた。明日もまた、誰かが登記簿を持ってくるのだろう。だが、それでいい。司法書士という仕事は、そういう宿命を背負っているのだから。