朝の静けさと一通の電話
サトウさんの冷たい一言から始まった
「電話、入ってます。出ないんですか?」
サトウさんの塩対応ボイスが事務所の朝を切り裂く。まだコーヒーも一口しか飲んでいない。
不機嫌に受話器を取ると、若い男の声が震えていた。「母が亡くなったんですが、相続で変なことが起きてる気がするんです…」。
依頼人の登場と違和感
母を亡くしたという青年の焦り
事務所に現れた青年は、二十代前半くらい。髪はぼさぼさ、目の下にはクマ。
「亡くなった母の家の相続を進めようとしたら、名義が知らない名前になっていたんです」と訴えた。
その言葉に、俺の胃袋がキリキリと痛んだ。やれやれ、、、また厄介なやつか。
空き家の登記簿と相続の矛盾
不自然な名義変更の履歴
法務局で調べた登記簿には、確かに数年前に他人の名が書かれていた。
しかも相続ではなく、贈与。登記原因に書かれているのは「令和三年四月一日 贈与」。
そんなはずはない。贈与するには生前の意思が必要だ。しかし依頼人の母は、その時点で既に認知症を患っていたという。
かつての所有者は誰なのか
戸籍の追跡と浮かび上がる空白
サトウさんが静かに戸籍謄本を並べ始めた。まるで名探偵コナンの毛利蘭のように無表情で正確だ。
「ここ、空白がありますね。婚姻歴が記載されてない期間が妙に長い」
つまり、依頼人の母には我々の知らない時期がある。その空白に鍵があるのかもしれない。
隠された家族ともう一つの名字
名字が一致しない父親の存在
青年の戸籍には、実父として記載された人物の名字が、母の旧姓と一致していなかった。
「それ、母の弟の名前です」と青年が呟いた。
え? どういうことだ。つまり母は、自分の兄弟の名義で家を管理していたのか?いや、それだけじゃ説明がつかない。
古い手紙と閉ざされた蔵の鍵
司法書士の仕事を超えた領域へ
青年の実家には開かずの蔵があったらしい。中から出てきたのは、黄ばんだ手紙と古い鍵。
「これは…祖母の字です。母宛のものみたいです」と、手が震える青年。
俺も読みながら背筋が凍った。そこには「私たちはあの子を守るため、籍を偽りました」と書かれていた。
遺言書の謎と封印された過去
筆跡が示す意外な人物
発見されたもう一通の手紙には、遺言書のような文面が書かれていた。
それには、母ではなく「弟」が財産を相続すべきと書かれていたのだ。
しかも筆跡鑑定の結果、記載者はなんと青年の母本人。認知症が進んでいたはずの時期と一致している。
サトウさんの推理が動き出す
登記日付から導かれる真相
「その登記日、ちょうど母親が入院していた日です。つまり本人の意思じゃない」
サトウさんがポンと手を打った。
俺がボーっとしてる間に、名探偵サトウは事件の核心に迫っていた。もはや彼女に頭が上がらない。
暴かれた二重相続と虚偽の届け出
隠された養子縁組の痕跡
調査の結果、依頼人の母は過去に養子縁組をしていたが、その記録が抹消されていた。
「その義理の子が勝手に贈与登記したんですね。病気の進行を利用して」
どうやら悪意の第三者が相続財産を先に囲い込んでいたようだ。おいおい、これ完全に探偵ファイル案件だろ。
登記簿が告げた本当の親子関係
愛情と憎しみの入り混じった証明
結果として、母親は実子と距離を取るために兄弟に名義を預けていた。
だが最期は自分の血を信じ、息子に戻してやろうとした。その想いが封筒に残っていた。
人間関係とは複雑なものだ。登記簿は冷たいが、ときに一番雄弁に語る。
青年の涙と家の灯り
取り戻された居場所の意味
「これで、家に戻れます」
青年は静かに頭を下げた。その目に滲んでいたのは、ようやく帰る場所を得た者の安堵だ。
俺はその背を見送った。やれやれ、、、こういうときだけ少し報われた気になる。
やれやれと言いながらも
シンドウが最後に見せた野球魂
事務所に戻ると、机の上に大量の登記申請書が積まれていた。
「これ、今週中に出してくださいね」とサトウさん。
やれやれ、、、肩を回してから、俺はボールじゃなくてハンコを握りしめた。
サトウさんの意外な笑顔
少しだけ近づいた距離感
「今回だけは、よくやりましたね」
笑った。サトウさんが笑った。氷点下の表情が、0.5度くらい上がった気がする。
「まるで、怪盗キッドの正体を暴いたときのコナン君ですね」なんて言ったら、すぐ無表情に戻った。
そして日常へ戻る事務所
また次の依頼が静かに待っている
外は蝉がうるさいくらいに鳴いていた。
扇風機の音と、キーボードの打鍵音だけが静かに響く事務所。
新しい依頼の電話が、また鳴った。今日もまた、登記簿が何かを語ろうとしている。