登記手続きの依頼と不審な空気
依頼人が語った「家族の絆」
古びたスーツに身を包んだ男が事務所を訪れたのは、雨が降る肌寒い午後だった。 彼は父親が亡くなったと告げ、相続登記の依頼に来たという。 淡々と話すその口ぶりに、どこか芝居がかった雰囲気を感じたのは、決して気のせいではなかった。
登記事項証明書に見えた不一致
依頼人が提出した登記事項証明書には、確かに「所有者死亡」と記されていた。 だが、そこに記載された死亡日と、彼の話すタイミングにわずかなズレがあった。 一度気になり出すと、次々と疑問が浮かぶ。やれやれ、、、こういうときに限って事務処理は山積みだ。
サトウさんの冷静な分析
疑惑の住所履歴
サトウさんが調査したところ、依頼人と被相続人の住所に矛盾が見つかった。 一見すると同居していたように見えるが、実際には5年以上前から別住所。 それも、まるで何かを隠すように、住民票が動いていた。
妙に詳しい依頼人の説明
登記に関する法律や手続きの流れを、依頼人はやけに詳しく知っていた。 「前にも登記をやったことがあって」と笑うが、その笑いには余裕がなかった。 まるで、相続人ではないことを隠しながら、役を演じているようだった。
調査開始と旧い戸籍の影
消された家族の名前
戸籍をたどると、かつて存在した「長女」の記載が抹消されていた。 養子縁組された形跡もあり、戸籍は何度も移動していた。 そして、依頼人は本当の「息子」ではない可能性が濃厚になった。
死亡届と相続登記の不整合
死亡届の提出者は「隣人」だった。 普通なら家族が行うべき手続きだが、他人が出している時点で不自然だ。 しかも、その隣人は既に引っ越して行方不明。まるで事件漫画の中盤展開のような気配が漂っていた。
謎の隣人と失われた記憶
近隣住民の証言
近所の高齢女性が語った。「あの人、息子なんかじゃなかったわよ」 さらに、「本当の息子さんは10年前に亡くなったと聞いたわ」とも。 もはや依頼人の言う「家族」は、作られた虚構でしかなかった。
本籍地の移転と嘘の履歴
依頼人の本籍地は、直近で変更されていた。 それも、あたかも故人の籍に入るために狙って移したかのようなタイミング。 「名探偵コ○ン」なら、「トリックはそこだったんですね!」と小学生が指摘している場面だろう。
サトウさんの一言で糸口が見える
「家族関係の証明は感情じゃありません」
依頼人の涙ながらの語りに対し、サトウさんは一言だけ返した。 「家族関係の証明は感情じゃありません。証拠です」 その冷ややかさは、依頼人の仮面を剥がすのに十分だった。
やれやれ、、、こっちは感情に流されがちだ
彼女の言葉に、俺は内心で苦笑した。 やれやれ、、、やっぱり俺は人の情に弱い。 だが、司法書士としては、そうも言っていられないのだ。
真実が隠された養子縁組
20年前の不動産譲渡
登記簿を精査すると、故人はかつて別の人物に土地を売っていた記録があった。 その相手の名前が、今の依頼人と一致した。 つまり、関係者ではあるが、それは単なる取引上の関係だった。
戸籍に残された痕跡
調査を重ねると、依頼人が一時期だけ「養子」として籍に入っていたことが判明。 しかし、それは故人の介護を条件にした一時的なもので、すでに解消されていた。 法的には、相続権を有しない立場となっていたのだ。
決定的証拠と偽装の動機
相続登記を急いだ理由
依頼人が登記を急いだ理由は、売却契約が迫っていたからだった。 登記名義人になれば即座に不動産を売却し、現金化するつもりだったのだろう。 そこには「家族」の影はなかった。
隠された借金と遺言書
さらに調査を進めると、故人が残した借金の記録と、正式な遺言書の存在が明らかになった。 遺言では、すべての財産を慈善団体に寄付すると書かれていた。 依頼人の計画は、初めから破綻していたのだ。
真相を依頼人に突きつける
見破られた偽装
「あなたには相続権がありません。戸籍、遺言、全てがそれを示しています」 俺の言葉に、依頼人は沈黙した。 そしてゆっくりと立ち上がり、「……わかりました」とだけ言って去っていった。
涙ながらの自供
後日、彼は警察に自首した。 「本当は、親のように思ってたんです。でも、お金が必要で…」 その言葉が本音だったのか、もう確かめる術はなかった。
登記手続きの結末
登記の却下と警察への通報
登記申請は却下し、不正の証拠を添えて警察に通報した。 書類が整っていたとしても、裏にある意図を見抜くのが、俺たち司法書士の仕事だ。 「何でも登記すりゃいいってもんじゃない」——どこかの刑事ドラマのセリフを思い出した。
家族とは何かを考えさせられる依頼
今回の事件で、本当の「家族」とは何かを改めて考えさせられた。 血か、時間か、それとも想いか。答えは簡単には出ない。 ただ一つ言えるのは、法はその全てを証明できるわけではないということだ。
事件後のいつもの日常
サトウさんの塩対応に救われる
事件が終わっても、サトウさんの態度はいつもと変わらない。 「今日も郵便5件、書類の山ですよ」 ……塩すぎる。だが、これがなんとも心地いい。
コーヒーと野球話と登記簿の静けさ
コーヒーを淹れながら、昔話をする。 高校時代、満塁ホームランを打った話をすれば、サトウさんは「ふーん」とだけ。 今日も登記簿は静かに真実を語り続けている。