司法書士の名刺が場違いに思えた瞬間
婚活パーティーの受付で名刺交換を求められた時、なんとも言えない違和感に襲われた。「司法書士です」と差し出した名刺が、相手の手に取られてもまるで読み解かれない。スーツ姿でいることが普段は当たり前の自分にとって、そこは場違いな世界だった。カジュアルな服に身を包んだ参加者たちの中で、自分の肩書きや身なりがどこか浮いて見えた。「え?法律関係の方ですか?」と返されたその言葉に、なんとなく距離を感じたのを覚えている。
「堅い職業ですね」と笑われた夜
乾杯の後、話しかけてくれた女性に「お仕事は?」と聞かれ、「司法書士です」と答えた瞬間、「あー、堅い職業ですね」と笑われた。悪気はないのはわかってる。でも、その笑いに自分の生活や性格までも堅物だと決めつけられたような気がして、少し心がざらついた。こっちは、日々法律と向き合いながら、依頼人のために必死にやってる。それを“堅い”の一言で片付けられると、妙に虚しくなった。
スーツが似合わない会場の空気
自分にとって「ちゃんとする=スーツ」だった。しかし、その日の会場はラフな服装の人ばかりで、自分のスーツ姿は異物感しかなかった。周囲の男性陣は、カジュアルなジャケットやシャツで軽やかに会話を進めているのに、こちらは緊張で動きがぎこちなく、まるで取調室から来た人のように見えていたのではないかと思う。たぶん、服装ひとつでこんなに距離ができるんだなと痛感した。
「え、何の仕事なんですか?」の問いに詰まる
「司法書士って…えっと、何する人ですか?」と聞かれて、毎回どう答えていいか悩む。登記や相続手続き、会社設立…説明しようとすればするほど相手の目がどんどん曇っていく。簡潔に言えば言うほど伝わらない、丁寧に言えば言うほど距離ができる。結局、「なんか難しそうなお仕事ですね〜」と流されると、自分の仕事の存在意義まで薄まっていく気がした。
自分だけ話題がズレていく恐怖
隣のグループでは「好きな芸能人」の話で盛り上がっていた。こちらはといえば、法務局の混雑状況と固定資産評価証明書の取得方法の話題で頭がいっぱいだった。会話のテンポにもついていけず、ただ頷くだけ。話題に入る隙もなく、孤独を噛みしめる。なぜ自分はここに来たのだろうか、そんな疑問が頭をよぎった。
「推し活」の話題に乗れない孤独
「推し」の話題になった時、完全に沈黙した。誰かを応援する熱量、共感する感情がそこにはあったけど、今の自分にはなにもなかった。休日は書類の整理や書式の見直し。好きなアイドルもいなければ、ドラマすら観ていない。推し活のキラキラした空気の中、自分はただの“生活者”でしかないと痛感した。趣味って、こういう場でこそ大事になるのだとわかった。
合いの手のタイミングもわからない
誰かが話しているときに「それ、わかる!」とか「面白いですね!」と自然に返す技術が自分にはなかった。合いの手ってどうやるんだっけ?と考えている間に会話はどんどん先に進む。気づけば会話の輪から遠ざかり、笑いのタイミングを外し、ただ頷いているだけの人になっていた。コミュニケーションって、技術なんだなと改めて実感した。
地方の司法書士というだけで壁がある
「東京じゃないんですね」と言われた時、なんともいえない疎外感を覚えた。地方で司法書士をしているというだけで、何か時代に取り残されたような空気になる。仕事の価値は場所ではないと思っているが、婚活パーティーでは“都会感”が思っている以上に武器になるようだった。地元密着型の仕事は、こういう場所では評価されにくい。
「それって何する人?」の説明疲れ
相続の手続きとか、不動産登記とか、言葉を選んで説明するのにも限界がある。人によっては、「行政書士とは違うんですか?」「弁護士じゃないんですね?」と混乱される。説明するたびに、「あ、面倒くさがられてるな」と思う瞬間がある。司法書士という職業を、簡潔に魅力的に伝える力が、自分にはまだ備わっていなかった。
専門用語をかみ砕いても伝わらない
「相続登記って、亡くなった方の名義を…」とできるだけ柔らかく伝えても、反応は「ふーん、そうなんだ」で終わる。伝わっているのか、単に興味がないだけなのか、それさえもわからなくなる。相手にとって“遠い世界の話”に聞こえてしまっているのだろう。どれだけ丁寧に話しても、距離は埋まらなかった。
話が深くなるほど相手が引いていく
やっと話せる人が見つかったと思っても、こちらが少し踏み込んで話し始めると、相手の表情が曇る瞬間がある。登記の話に少しでもリアリティを持たせようとしただけなのに、「なんか難しそうですね…」と返されると、もう次の言葉が出てこない。情報を提供するつもりが、空気を重たくしてしまったような気がして、ただただ申し訳なくなる。
おしゃれと無縁な毎日がバレる
婚活パーティーというのは、言い換えれば「自分を魅力的に見せる場」だ。でもこちらは、日々の業務と事務所との往復で精一杯。流行の髪型も、服装も、何が“今風”なのかもわからない。おしゃれができていない、ということは、自分をちゃんと見せようとしていないというサインでもあるのだと、後から気づいた。
スーツ以外の服装がわからない問題
休日に何を着ればいいのか、本当にわからない。私服のバリエーションが乏しく、結局「これなら無難だろう」と選んだのはグレーのジャケットに黒のスラックス。スーツと何が違うのか、自分でもよくわからなかった。おしゃれは苦手、というよりも避けてきた。でも、こういう場では“避けてきたこと”が浮き彫りになる。
なぜ参加したのか、自分でもわからなくなる
数時間が過ぎた頃、心の中で「何してるんだろう、自分」とつぶやいていた。出会いが欲しかった。孤独を埋めたかった。それは本当だ。でも、このやり方が自分に合っていたのかは、まったくわからない。帰り道、持ち帰ったのは連絡先ではなく、自己否定の感情だった。
「出会いがないから」が恥ずかしく感じる
司法書士という仕事は、人と会うことが多いようで、実は“深い関係”を築く機会はほとんどない。依頼人とのやりとりは業務的で、プライベートな出会いとはかけ離れている。それでも、「出会いがない」と口にするのは、なぜか自分が“足りていない人間”のように感じて、少し恥ずかしくなった。
でも仕事場と家の往復ではどうしようもない
現実は、毎日決まった時間に出勤して、ひたすら書類と向き合い、夕方には閉めて、家に帰ってテレビをつけるだけの生活。新しい出会いなんて、起きる余地がない。じゃあ、出会いを求めて行動しなきゃとは思ったけど、思ったような場所でうまくいくほど器用でもなかった。それが現実だった。
少しの希望があった自分が哀れに思える
参加前夜、少しだけ期待していた。「もしかしたら…」という小さな希望。けれど、蓋を開ければ空回りと孤独感のオンパレード。うまくいかなかったのは仕方ない。でも、その期待を持ってしまった自分が、一番哀れに思えた。そしてまた、現実の業務に戻っていく。そんなループの中で、「婚活パーティーで浮いてた」という事実だけが、妙に胸に残っている。