あの頃は、心からこの仕事に憧れていた
司法書士を目指したのは、ただ「資格があると食いっぱぐれないから」ではなかった。世の中の役に立ちたい、正義感と言ったらちょっと気恥ずかしいけれど、人の人生の節目に立ち会える仕事って、すごく価値があると思ってた。開業して、名刺を刷って、最初の依頼を受けたときは本当に胸が高鳴った。お金が目的ではなく、「ありがとう」と言われるたびに、この道を選んでよかったと思っていた。あの頃の自分が、今の自分を見たらどう思うだろう。
開業当初のワクワク感、まだ覚えてる
開業したばかりの頃は、少しの相談でも舞い上がっていた。書類ひとつ完成させるだけで達成感があったし、事務所の鍵を閉めて帰るとき、「今日も誰かの役に立てたな」と思えていた。とにかく楽しかった。周りに「大変じゃない？」と聞かれても、素直に「いや、楽しいです」と答えていた。でも、その答えが変わったのは、いつからだったんだろう。
誰よりも真剣に向き合ってきたつもりだった
ミスが許されない仕事だからこそ、ひとつひとつ丁寧に確認する習慣は、開業時から染みついていた。顧客の信頼も少しずつ築けてきて、「●●さんにお願いしてよかった」と言われると、それだけで数日は頑張れた。でも、真面目にやればやるほど、周りと比べて自分の要領の悪さが気になりだした。ひとつの案件にかける時間が長いぶん、疲弊していくのは自分だった。
「独立＝自由」なんて幻想だった
独立すれば自分のペースで働ける、と思っていた。確かに上司もいないし、怒鳴られることもない。でも、自由の代わりにすべての責任が自分にのしかかるようになった。気づけば、土日も祝日も関係なく働いていた。電話は休みの日でも鳴るし、「急ぎなんですけど」なんて言われたら断れない性分が、どんどん自分を追い込んでいった。
好きなはずだった。でも、なぜか苦しくなった
誰に強制されたわけでもない仕事なのに、最近では朝起きるのがつらい。やるべきことが山積みで、机に向かうだけでため息が出る。気づけば「好きだったはずの仕事」が、「終わらせるだけのタスク」になっていた。情熱の燃えカスをかき集めてなんとか今日も動いている、そんな感覚だ。
ひとつひとつの業務が、ただの「作業」になっていく
相続登記、会社設立、債務整理。昔はそれぞれの業務に意味を見出していた。でも今は、書類の山に埋もれて、その中身に感情が乗らなくなってきている。とにかく「処理する」という意識ばかりが先行して、やりがいや意義が霞んで見えない。
登記も相続も、感謝よりクレームが残る
感謝の言葉をもらえるときもある。でも最近は、「印鑑が違った」「費用が高い」といったクレームのほうが強く記憶に残る。真摯に対応したつもりでも、「司法書士なんて誰でも同じでしょ」と言われると、心が削られる。信頼されている実感が薄れていく。
「やって当たり前」になった瞬間から
慣れた仕事ほど、「うまくて当たり前」と思われるようになる。そして、たまに起こるミスや遅延が、途端に「ありえない」と責められる。自分の中でも、成功は「ゼロ」、ミスは「マイナス百」みたいな評価軸になってしまっている。
ミスしたときだけ注目される現実
普段は気づかれない細かい努力や確認作業が、ミスひとつで全否定されることがある。「そんなに怒らなくても…」と思うような反応に、一瞬で心が折れそうになる。注意を受けること自体より、「日頃の頑張りが見られていない」ことがつらい。
愚痴をこぼしたくなる自分が嫌になる
昔は愚痴なんて言わないタイプだった。人の悪口も苦手だったし、黙って自分の中で処理していた。でも今は、同業者の集まりでつい弱音をこぼしてしまうことが増えた。自分が自分じゃないみたいで、それがまた情けなくなる。
弱音を吐く場所がないという孤独
家族もいない、相談できる上司もいない。仕事の話を共有できるのは、唯一の事務員さんだけ。でも、あまり重たいことは言いたくないし、彼女に気を遣わせてしまうのも申し訳ない。だから、モヤモヤを抱えたまま、毎日机に向かう。
事務員さんにさえ、心配かけたくない
うちの事務員さんは、本当によく気が利く。気分が沈んでいるときには、そっとコーヒーを差し出してくれる。でも、それが優しさだと分かっていても、逆に「自分がちゃんとしなきゃ」とプレッシャーに感じるときもある。情けないけど、そんな自分がいる。
周りの「うまくいってる風」がつらい
同業者のSNSを見ると、華やかな事例紹介や「今日は5件受任しました！」という報告ばかりが流れてくる。それを見ていると、自分だけが取り残されている気がしてくる。比べるつもりはなくても、気持ちはざわつく。
同業者のSNS投稿が地味に刺さる
「いいね！」の数が、そのまま自分の価値を決めるわけじゃない。それはわかっている。でも、リアルな場では見えない「成功の雰囲気」に、なぜか自信をなくしてしまう。SNS断ちをしようと思いながら、つい見てしまう自分がいる。
「やりがい」と「売上」は両立するのか
本来は、やりがいを感じながら適正な報酬を得るのが理想だ。でも現実は、「感謝されるけど赤字」か、「利益は出るけど気が進まない仕事」の二択に近い。そんなジレンマに、日々悩まされている。
それでも続ける理由が、まだある
それでも辞めずに続けているのは、完全に心が折れきっていないからだろう。たまに、ふっと報われる瞬間がある。それを糧に、なんとか今日も踏ん張っている。
依頼者のたった一言が、救いになる日もある
「本当に助かりました」「あなたに頼んでよかった」──たったそれだけの言葉が、数日分の疲れを吹き飛ばしてくれることがある。目立たないけど、確かに必要とされている実感。それが、細くても心の支えになる。
事務員さんの「おつかれさま」に助けられた夜
ある日のこと。遅くまで残っていた私に、事務員さんが「今日は大変でしたね」と声をかけてくれた。そのひと言に、なぜか涙が出そうになった。人に見てもらえているという感覚は、何よりも大きな力になる。
独身だけど、独りではなかった瞬間
家庭もなく、恋人もいない。孤独だと思っていたけれど、ふとした優しさに触れたとき、「自分はひとりじゃない」と感じられる。それだけで、明日もまたこの仕事を続けてみようと思える。
本音を言えば、辞めたい日だってある
毎日続けていくことは、決して当たり前のことじゃない。今日ここに座っていることすら、小さな奇跡の連続でできている。だから、たまに「辞めたい」と思ってしまうのも、きっと自然なことなんだと思いたい。
逃げ道を考えることは、逃げじゃない
「もう司法書士じゃなくてもいいかも」と思うこともある。でもそれは、自分を守るための思考でもある。本当に限界が来たら、逃げたっていい。大切なのは、心と身体を壊さずに生き延びること。それを忘れたら、何のための独立かわからなくなる。
「続ける理由」より「辞めない理由」を探している
「続けたい！」という前向きな気持ちではなく、「辞めるのが怖い」「他にできることがない」といった後ろ向きな理由で、今日もこの席にいる。でも、そういう日があってもいい。理想ばかりじゃ、人間やってられない。そんなふうに、自分に言い聞かせている。
