相続の相談を受けながら、ふとよぎる「老後資金って足りるのか?」
相続の相談に乗っている最中、ふと「自分はこの先、どうやって生きていくんだろう」と思うことがある。相談者は家を3軒持っていたり、遺産が億を超えていたりする。でも、こっちは事務所の家賃すら重たい。将来の心配を口にする相談者の前で「それ、こっちのセリフなんですけど…」と思いながら、平静を装う自分。司法書士という立場である以上、そう簡単に弱音も吐けない。でも、心の中ではいつも、将来の不安と小さな焦りがぐるぐる回っている。
自営業に年金の安心なんてあるわけがない
「厚生年金?いいですね、それ」。そんな会話を銀行員さんとしたことがある。自営業だと国民年金のみ。月々の支払いはコツコツしてるけど、それで足りるわけがないのは明白。試しに年金ネットで将来の受給額を見たときの衝撃。「これ、生活保護レベルやん…」と思わず漏れた。しかも、物価は上がるのに年金は増えない。将来の支出を考えると、まるで逆立ちしても届かないゴールを目指しているような感覚だ。だからこそ、日々の仕事にもどこか焦燥感がつきまとう。
月の支払いがじわじわ重くなる40代半ば
40代になると、急に見えてくる「体力の限界」と「お金の現実」。電気代は上がり、税金はしれっと引かれ、気づけば手元に残るお金はわずか。何よりつらいのは、自分の生活を削ってまで事務所を回しているとき、「誰のために仕事してるんだっけ?」と迷子になることだ。定年がないと言えば聞こえはいいけど、裏を返せば「倒れるまで働く」前提だということ。安心して寝る夜なんて、いつからなくなったのだろうか。
「iDeCoやってます?」って言われてイラッとした話
ある日、保険の営業さんに「先生もiDeCoとか始めたほうがいいですよ」と言われた。その瞬間、なぜか腹が立った。やってないわけじゃない。でも、月に2万円入れるのもやっとなんだよ。投資で老後に備えろって簡単に言うけど、そもそも今がギリギリの人間に積み立てる余裕なんてない。将来の不安に押しつぶされそうなとき、そんな一言が妙に胸に刺さる。良かれと思ってのアドバイスだとしても、それを受け止める余裕も、こちらにはないのだ。
相談者の家が裕福だと、妙にしんどくなるとき
相続の相談に訪れる人の中には、明らかに裕福な家庭もある。立派な家、複数の不動産、株式、預金…。そんな話を聞いていると、こちらの生活と比べてしまうのは仕方ないと思う。淡々と登記の話をしているフリをしても、心の中では「ああ、俺の親が土地持ちだったらな」なんて思ってしまう。そういう感情を押し殺して、プロとして振る舞うのは、案外しんどいことだ。
「こんなに不動産持ってるのか…」と見つめる自分の空き巣同然の通帳
先日、相続登記の依頼で土地と建物を合わせて7件という案件があった。査定額は数千万。手続きは問題なく進んだけど、帰り道、通帳を見たら残高は数万円。家賃の引き落としで一気にゼロになるタイミングだった。こんなとき、「何してんだ俺」と思う。人の資産を守る手続きをしている自分が、明日の生活に不安を抱えている。笑えるくらいの皮肉だと思った。
資産形成って、結局、親ガチャか
「資産形成は早いうちから始めるべきです」と、よく聞く。でもそれって、本当は親の資産があるかどうかで決まっているんじゃないか?と疑いたくなる。奨学金で大学を出て、自分で開業資金を貯めてきた人間と、初めから資産を引き継ぐ前提で動いている人では、土台が違いすぎる。努力ではどうにもならない差が、40代になると目に見えてくる。そんな現実を突きつけられるたび、自分の立ち位置がどんどん虚しく感じられる。
事務所運営と生活の狭間で感じる「この先どうすんの問題」
司法書士事務所を構えてもう十年以上。最初は希望があった。でも今は「どう維持していくか」ばかりを考えている。独立の夢は、いつの間にか現実の重みに変わった。年収が高いと思われがちだけど、実際は経費と税金に追われる日々。そのうえ将来の備えも必要なんだから、笑えてくる。気がつけば、夢よりも不安のほうが大きくなっているのだ。
事務所の家賃、光熱費、給料、自分の取り分ゼロの日もある
最近では、月末になるたびに「今月、自分の取り分いくら?」と電卓を叩く。家賃に光熱費、そして事務員さんの給料を差し引くと、残りはほぼゼロ。自分の分が出せない月もある。それでも誰にも言えず、何もなかったふりをするのが一番つらい。自分が壊れてしまいそうなときでも、事務所という看板を守らなきゃならない。責任ってやつは、本当に重い。
事務員さんにだけボーナスを出した年末
去年の年末、事務員さんにだけボーナスを出した。少額ではあるけれど、いつも頑張ってくれているから。それに比べて、自分の口座にはボーナスどころか残高もほぼなかった。でも、その瞬間、ほんの少しだけ満たされた気がした。たぶん、「誰かのために」という気持ちが、ぎりぎりの精神状態を支えてくれていたんだと思う。人を雇うってそういうことだと痛感した出来事だった。
生活レベルは下がってない、元から低いだけ
「生活レベルを落とせばいい」と言われることもあるけれど、落としようがない。外食もほぼしないし、洋服も年に一度まとめてユニクロ。娯楽といえばYouTubeと散歩。そもそも贅沢なんてしてこなかったし、してる余裕もなかった。だから、今の生活がきついのではなく、元からずっとこの程度だったんだという事実が余計に堪える。上がる見込みがないのが一番つらいのかもしれない。