ため息が染みついた日々──司法書士、孤独と責任と書類にまみれて

ため息が染みついた日々──司法書士、孤独と責任と書類にまみれて

朝一番のため息、それが今日の始まり

気づけば、毎朝机に座る前に深いため息をひとつついている自分がいる。習慣というよりも、反射に近い。コーヒーを入れる手は止めずに、「ああ、今日もか」と静かに吐き出す。決して嫌いな仕事じゃない。けれど、好きかどうかももうわからない。朝の一息が、すでに一日の重さを物語っている。疲れではない。むしろ、まだ何もしていない。これはきっと、“始まること”へのため息なのだ。

「今日もまた」と思う前に勝手に出る音

玄関の鍵を閉めた瞬間に、ふっとため息が漏れることがある。それは、行きたくない学校に向かう中学生のような感覚に近い。私は45歳の司法書士だというのに。年齢を重ね、経験も積み、ある意味「ベテラン」だ。だけど、だからこそ感じる倦怠もある。失敗は許されず、何か問題があれば全部自分の責任。そういう日々の中で、「また一日が始まる」というだけで、自然と息が重くなるのだ。

ルーティンワークのはずが心を削る

登記簿を確認し、必要書類を用意し、委任状をチェック。どれも毎日のルーティン。だが、ルーティンというのは時に精神を削る刃になる。効率よくこなせばこなすほど、人間としての感情が薄れていく気がする。「楽になったはずなのに、なんで心がしんどいんだろう?」と思う日も少なくない。新しい案件が舞い込めば喜びもあるはずなのに、それよりも「また書類か…」が先に出てしまう。

出勤前にトイレで一度深呼吸してからが勝負

最近のマイブームは、出勤前に自宅のトイレで深呼吸を三回することだ。なにかのルーティンだと思われるかもしれないが、私にとっては「自分を取り戻す儀式」みたいなもの。心を整え、少しでも前向きな顔で事務員に「おはよう」と言えるように。外では笑っていなきゃいけない職業だ。だけど、笑うって、エネルギーが要る。だからこそ、そのエネルギーを出す準備が必要なんだ。

仕事は好き、でもしんどい

司法書士という職業は、誇りを持ってやっているつもりだ。依頼人の信頼に応えることにやりがいも感じる。だけど、「好き」と「楽」はまったくの別物だ。むしろ好きだからこそ、プレッシャーや責任がのしかかってくる。しんどさを言葉にできないのが、苦しい。誰かに相談しても「でも、独立してるんでしょ?すごいじゃん」と言われるだけ。そうじゃないんだよ、と心の中で何度も思う。

司法書士という仕事に誇りはあるけれど

司法書士は、表には出にくいが社会を支える仕事だと思っている。法的な手続きを代行し、人々の不安を取り除く。依頼人から「安心しました」と言われたときは、この仕事を選んでよかったと心から思える。でも、誇りと引き換えに手に入れたのは、毎日の疲れと孤独だった。誇りだけで飯は食えない、なんて冗談を言いたくもなる。実際、誇りだけじゃモチベーションを保てないのが現実だ。

「好き」と「楽」は違うという現実

「好きなことを仕事にしなさい」とよく言われるけど、それは甘い言葉だ。好きなことほど、仕事にしたとたん苦しくなる。情熱がある分だけ、傷つくし、悩む。好きだからこそ、中途半端にできないし、休むことにも罪悪感が伴う。私も最初は「好きだから続けられる」と思っていた。でも今は、「好きだったはずなのに、なぜこんなにしんどいんだろう」と考えるようになってしまった。

苦労話は尽きないが、誰に話せばいいのか

司法書士としての苦労話は山ほどある。でも、それを誰に話せばいいのかが分からない。友人に話せば専門用語でつまづき、家族はいないし、事務員に愚痴るのも気が引ける。SNSで吐き出しても、誰かを不快にさせそうで控えてしまう。だから、こうして記事にしてみた。誰かに届くか分からないけれど、同じような思いを抱えている人がいると信じたい。孤独に見えて、実はみんな似たような気持ちを抱えてるのかもしれない。

「ひとり事務所」の現実

地方で司法書士事務所を運営していて、事務員は一人。文字通りの「こぢんまり経営」だ。経費削減のためでもあるし、気を使わずに済むという意味でもメリットはある。だけど、そう簡単に割り切れる話ではない。一人の事務員に頼りすぎてはいけないというプレッシャー、逆に自分が全て抱え込まなければならない責任。その狭間で、またひとつ、ため息が増える。

事務員さんに気を使う、いや、使わせている

事務員さんはよくやってくれている。本当にありがたい存在だ。でも、「気を使ってもらっている」と思うと、それがまた心に重くのしかかる。機嫌が悪く見えたかな、無理させていないかな、そんなことばかり気になってしまう。小さな事務所だからこそ、空気が重くなりやすい。そうならないように、こっちが笑顔を絶やさないように努める。でも、本当は笑顔をつくるのもしんどい日だってある。

結局、気疲れするのは自分自身

お互いに気を使いながら働いているつもりが、結局一番疲れているのは自分自身だったりする。責任感の裏返しとも言えるかもしれない。でも、その責任感が自分を追い詰めていることにも、もっと早く気づくべきだったのかもしれない。ひとり事務所は、自由であると同時に、逃げ場のない閉鎖空間でもある。だからこそ、自分自身を労わる気持ちを忘れてはいけないのだろう。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。