通帳の残高に、人生のリアルを殴られる朝

通帳の残高に、人生のリアルを殴られる朝

朝イチで見た数字に、胃がキュッとなる

通帳の残高って、なんであんなに無慈悲なんでしょうか。朝、メールをチェックしたら「◯◯円引き落としのお知らせ」との通知。その瞬間、眠気も吹っ飛んでしまいました。まるで、寝起きに顔面をぶん殴られたような衝撃。司法書士として独立して十数年。それなりにやってきたつもりなのに、未だに「数字」に感情をかき乱されることがあります。まるで「お前、まだそんなもんか」と言われてるようで。結局、数字は全部見透かしてくるんですよね。努力も、迷いも、孤独も。

「引き落とし通知」=現実通知

毎月の引き落とし日が近づくと、口座を確認する癖がつきました。昔は残高確認なんて無頓着でしたが、今では通知一つに心臓が跳ねます。電気代、家賃、サーバー代、そして事務員さんの給与。毎月、何かしらが口座から去っていく。まるで、静かに出ていく友人の背中を見送るような寂しさです。それに比べて、振込予定は未定のまま。毎月のこのギャップに「これでいいのか」と思ってしまう。司法書士って、世間のイメージほど堅実じゃないんです。少なくとも、私の通帳はそう語っています。

寝ぼけ眼に容赦なく届く銀行アプリの通知

ある朝、スマホに「〇〇銀行よりお知らせ」と通知が来ました。反射的に開いたら、数日前に振り込まれた報酬より多い金額が引き落とされている。寝ぼけてたので一瞬「詐欺か?」と疑ったけれど、原因は税理士さんの顧問料とリース契約料の合わせ技でした。その時ふと、「自分は誰のために働いてるんだろう」と思ってしまったんですよね。依頼人のため? 自分のため? いや、通帳の減りっぷりを見る限り、全部経費のためかもしれないなと。

ああ、また引かれてる。なのに入ってこない。

「出る方ばっかり元気で、入る方はずっと寝てるな」と、ある司法書士仲間が言ってました。まさにそれです。特に登記関係の報酬は、仕事が終わってもすぐに振り込まれるわけじゃない。クライアントの都合、振込タイミング、そしてこちらの気遣い。全部が絡まって、入金はどんどん後ろ倒し。その間も経費は着々と出ていく。通帳を見るたび、「今月もなんとかなるよね?」と問いかけている自分がいます。

努力と数字が比例しないのはなぜか

独立してからというもの、平日も休日もなく働いてきました。でも、ふと通帳を開いたとき、その数字が全然報われていないことに気づくことがあります。土日返上で働いた月ですら、「え、これだけ?」と思うことも。司法書士という肩書きがあっても、それで報酬が自動的に増えるわけではありません。むしろ、抱え込めば抱え込むほど、ミスやストレスは増えるのに、数字は微動だにしないこともあります。

依頼件数はそこそこ。でも残らない

仕事の依頼は来てるんです。ありがたいことに、口コミや紹介もある。でも、内容が複雑だったり、報酬が低めだったりすると、いくら件数をこなしても「儲かった」という実感がない。登記一件3万円で引き受けても、交通費、印紙代、下手すれば立替金まで差し引かれたら、実質の手取りなんてスズメの涙。件数はこなしてるのに、数字は静かに沈んでいく。それって、なんか切ないですよね。

士業は“稼げる”という幻想とのギャップ

「士業っていいですね。安定してそうだし、稼げそう」って、たまに言われます。でもそれ、ほとんど幻想です。大都市の大手事務所ならまだしも、地方の個人事務所は実情がまったく違う。経費を引いたら月の手取りが20万円台のときもあります。じゃあ、雇われたほうがマシか? そう思う瞬間もありますが、それでも独立を選んだのは「自由」に惹かれたから。でも現実の通帳は、その「自由」の代償を毎月静かに示してくるんです。

事務員の給料を払うたびに、自分の財布が寒くなる

私は事務員さんを一人雇っています。とても真面目で優秀な方です。でも、毎月の給料を振り込むとき、内心ヒヤッとする瞬間があります。「今月、ちゃんと払えるかな…」と。自分の収入よりも先に人の生活を優先しなきゃいけない。経営者として当然の責任。でも正直、プレッシャーでもあるんです。何度も「自分一人でやった方が楽なんじゃ」と思ったこともあります。

人を雇うって、こんなに重かったのか

最初は「一人ぐらいならなんとかなる」と思ってました。けど現実は違います。繁忙期は助かる。でも閑散期は“赤字人件費”。それでも雇っているのは、自分がすべてを抱えると潰れるとわかっているから。でも毎月通帳を見ると、自分の手元に残る金額がますます減っているのを実感してしまう。自分だけが我慢すればいいという考え方は、もはや限界です。

優しい彼女の存在が、逆にプレッシャーになる

彼女はいつも「気にしないでくださいね」と言ってくれる。でも、その言葉がプレッシャーになるんです。「もっとちゃんとしなきゃ」と思うし、「こんな金額で申し訳ない」とも思う。感謝してるけど、心のどこかで「自分の稼ぎの少なさ」を突きつけられているような気がしてしまう。不器用な自分にとっては、それもまた静かなストレスです。

「いいですよ」と言われるほどに申し訳なくなる

人に優しくされると、かえって胸が苦しくなることってありませんか? 「大丈夫ですよ」「気にしてませんよ」と言われれば言われるほど、「いや、気にしてほしいくらい自分は情けない」と思ってしまう。仕事は好きです。でも、「好き」だけでは通帳は満たされない。感謝の気持ちはたっぷりあっても、財布の中はすっからかん。矛盾だらけの自営業です。

通帳のゼロに、自分の価値を重ねてしまう日

通帳の数字と自分の価値は、本来別物のはず。でもどうしても重ねてしまう日があります。頑張っても報われない。動いても増えない。そういうとき、自分の存在そのものが薄っぺらく思えてしまうんです。司法書士として、人の人生の節目に関わる大切な仕事をしてるはずなのに、自分の人生はいつも“あと回し”。そんな日々の中で、今日もまた、通帳を見てため息をついています。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。