朝の雑務と突き刺さる視線
朝の光が差し込む事務所で、私はパソコンの画面とにらめっこしていた。
今日も例によってオンライン申請の山。ファイル名は数字と漢字の羅列、フォルダの中身はカオスそのもの。
そんな私を睨むように見るサトウさんの視線が痛い。朝から空気がピリついている。
眠気と電子証明書の不機嫌
眠い目をこすりながらICカードリーダーをセットする。ピッと音が鳴ってから、なぜかエラーの表示が出る。
「電子証明書が見つかりません」――そんなはずはない。きちんとセットしたのに。
再起動しても、読み込み直しても、変化なし。まるで機嫌を損ねた猫のようだ。
サトウさんの無言の圧力
「昨日のデータ、消したのはシンドウ先生ですか?」
問いかけるでもなく、詰めるような口調。私は首をすくめながら「消してないよ」とだけ答えた。
しかし、彼女の目はそれを信じていないようだった。……やれやれ、、、もう少し信用してくれてもいいのに。
届かないオンライン申請
ようやくファイルの準備が整い、ポータルサイトで手続きしようとした矢先、申請が受け付けられなかった。
「申請番号が存在しません」――画面の赤文字が突き刺さる。
え? 今アップロードしたばかりなのに? システムのバグか?
法務省のポータルが沈黙した日
同業者のLINEグループでもエラー報告が相次いでいた。誰の申請も通らない。
しかも、全員が同じような「存在しない申請番号」エラーに悩まされている。
共通するのは、午前9時27分にアクセスしたという一点だけだった。
クライアントの怒号とコーヒーの苦味
クライアントからの電話が鳴りやまない。「まだ登記終わらないんですか?」という責めるような声。
事務所に流れるのは、私が淹れた薄すぎるコーヒーの香りと、サトウさんの舌打ちの気配。
私は苦笑しながら、PC画面のフリーズした申請ページを見つめていた。
エラーコード三一五八の謎
ログに残っていた「エラーコード3158」。調べてみると「既存記録との整合性エラー」とある。
つまり、申請された情報と、既に存在する情報に矛盾があるということか。
でも、うちは確かにこの登記を初めて申請しているはずだ。
申請済み記録が存在しない
試しに、同じ物件の登記情報を法務局のシステムで検索してみた。
すると、驚くべきことに「既に申請中」との表示が出た。誰かがこの登記を申請している?
でも、それはうちではない。では、誰が?
タイムスタンプに刻まれた空白の五分間
更に調査を進めると、午前4時12分から4時17分までの間に、その申請がシステムに送信されていたことが分かった。
うちはその時間、誰もアクセスしていない。PCもオフだった。
となると、これは不正アクセスの可能性が高い。
調査開始と謎のアクセス履歴
サーバーのアクセスログを取得すると、外部IPからの接続履歴が残っていた。
それは、以前私たちが外注した元補助者が住んでいた地域のプロバイダからのものだった。
彼は昨年、突然辞めたが、その後連絡が取れていない。
外部IPアドレスと深夜のログイン
そのIPは、私たちの申請用アカウントに深夜ログインし、過去の案件をダウンロードしていた。
明らかに意図的な情報収集。そして、今朝の件に繋がっている可能性が濃厚だった。
司法書士のIDは、国家資格の重みを持つ。その名を騙るなど言語道断だ。
誰がなりすましたのか
名前の登録状況を確認すると、元補助者の勤務先として、我々の事務所名が今も使われていた。
彼は別の司法書士と共謀し、あたかも我々が代理で申請したように見せかけていた。
その結果、エラーコードは発生し、私たちは無関係に巻き込まれていたのだ。
過去の申請と地獄の扉
彼が関与していたのは、破産管財人案件だった。それも3年前、全てが終わったはずの事件。
だが、過去のデータを用いて再度登記を試みるという、非常に危うい手法が使われていた。
それは、法務省システムの裏側――いわば「地獄の門」に手をかけるような行為だった。
三年前の破産申立と同一パターン
照合の結果、今回の物件は当時破産した法人が所有していた不動産と完全一致した。
処理済みのはずのデータを掘り起こし、再び使うという発想。
それは確信犯であり、悪質な虚偽申請だった。
使い回された認証コード
さらに驚くことに、使用された電子証明書は古いUSBからクローンされたものである可能性があった。
本人確認の形骸化を突いたトリック――電子申請の盲点だ。
「誰が送信したか」ではなく、「どの証明書で送られたか」が優先される仕様の罠だった。
サトウさんの仮説と現実
「このケース、登記識別情報の再発行履歴を洗った方がいいかもしれません」
サトウさんの言葉に従い、過去の識別情報と印鑑証明を照らし合わせた。
すると、かつて彼が管理していた印影と、現在のものが微妙に異なっていた。
再現テストと仮想環境での検証
PCを仮想モードにして、彼と同じ条件での申請を再現してみる。
すると、数年前のバージョンの申請システムでのみ成功する挙動が判明。
現行の環境では通らないはずの申請が、裏技のような方法で通されていた。
鍵となった一通の自動返信メール
調査の過程で、一通の古い自動返信メールを見つけた。そこには、更新前の電子印と、旧メールアドレスが記録されていた。
そのアドレスは現在停止されているが、ドメインだけが使い回されていた。
彼はそのドメインを転用し、虚偽の存在としてシステムに潜んでいたのだ。
意外な犯人と虚偽申請の理由
真相はこうだった。破産事件で取り上げられた不動産を、闇で再取得するための仕組み。
司法書士という肩書きを使い、正規の手続きに偽装した内部犯行だった。
かつての部下が、合法と違法の間を泳ぐ存在に変貌していた。
登場するはずのなかった司法書士
調べると、別事務所の名前で登録された新しい司法書士IDが使われていた。
しかし、その人物の実在は確認できず、住所も電話番号もバーチャルオフィス。
幽霊のような存在――いや、最初から存在しない探偵役を名乗る悪党だった。
オンラインの裏で動いていた人間関係
我々が気づかぬうちに、外注スタッフたちの間には不満や妬みが渦巻いていた。
正義感だけでは食えない――そんな現実が、彼らを闇に落としたのかもしれない。
しかし、その代償として資格と人生を失うとは、何とも皮肉な話だった。
やれやれの一言で締めくくる朝
事件は無事解決し、申請システムは再開された。
私はまた、変わらぬオンライン申請の地味な作業に戻る。
やれやれ、、、地味な戦いほど疲れるもんだ。
戻ってきた申請ボタンと残された課題
ポータル画面には、復活した「申請ボタン」が輝いていた。
しかし、心のどこかで私は感じていた――この事件はまだ終わっていない。
電子の世界に潜む闇は、きっと次の事件の火種となる。
サトウさんの塩対応は変わらず
「今日の分、全部やり直しですね」
それだけ言って席を立つサトウさん。私は苦笑し、重いため息を吐いた。
でもまあ、また一つ地獄の門をくぐったんだ――そう思えば、悪くない一日だった。