午前中で終わらせたかった、ただそれだけなのに
司法書士として独立して十数年、毎朝「今日は早く終わるはず」と信じて事務所の鍵を開ける。しかし、その希望はだいたい昼前には打ち砕かれている。特別なことがあるわけじゃない。単純に「登記ひとつ」を午前中に片付けたいだけなのに、なぜかいろいろな出来事が重なって、気がつけば時計の針は16時を回っている。「なぜ?」という問いに答えはなく、「またか…」という諦めだけが積み重なっていく。
予定通りにいかない一日の始まり
朝イチで電話が鳴る。お客様から「今日中に謄本取れますよね?」と当然のように聞かれる。まだ申請もしてないのに…。内心のツッコミを飲み込んで、「たぶん大丈夫です」と答えた自分が一番信じられない。その直後、法務局から電話。昨日出した登記に軽微な補正があるとのこと。「ちょっと訂正すればいいですから」と職員さんは言うけど、その“ちょっと”のために予定は大きく狂う。
「すぐ終わりますよ」と言った自分を殴りたい
軽い気持ちで「午前中に終わりますよ」と言ってしまうのは、もはや職業病かもしれない。でも、登記というのは、書類が一枚足りないだけで終わらないし、その一枚を集めるために役所を何件も回る羽目になることもある。結局、口約束を守れずに「まだですか?」と催促の電話が来る。「すぐ終わる」と言ってしまった自分を、心の中で全力で殴っている。
郵便が届かない、FAXが届かない、なにもかも届かない
朝9時に届くはずの郵便が11時を過ぎても来ない。「この書類が届けば申請できる」と思っていた書類が届かないことにより、すべての段取りが崩れる。FAXも送ったと言われるのに届いていない。メールは添付忘れ。もはや呪われているのか?と思うほど。こんな日が月に3回はあると、だんだん笑えてくる。いや、笑っていない。目は笑っていない。
依頼人の「ついでにこれも」攻撃
やっと申請書類が整い、「よし、これで出せる」と思った矢先、依頼人から電話。「すみません、ついでに○○もお願いできます?」。“ついで”と言うには重すぎる内容の追加依頼。断る勇気はない。特に長年付き合いのあるお客さんには、「わかりました」と答えてしまう。これが午後の悲劇の始まりである。
断れない自分の優しさが憎い
仕事を抱え込みがちな性格が災いしているのは自覚している。「それは別日にしましょう」と一言いえばいい。でも、その一言が言えない。「優しいですね」と言われたこともあるけど、実際はただの自爆体質なだけ。効率化のためには断ることも必要なのに、その壁がなかなか越えられない。
事務員の「え、私が?」という顔にすべてを悟る
「これ、お願いしていい?」と事務員に渡すと、一瞬の間とともに「えっ、今日中ですか?」という反応。頼むほうも辛いが、頼まれるほうももっと辛い。その視線を受けながら、「うん、なるべく…」と自分でも無理なことを口にする。気まずい空気の中、キーボードを打つ音だけが鳴り響く。
昼になっても書類がそろわない現実
午前中で終わるはずだった登記申請の書類は、まだ机の上に散らばっている。あちこちに電話し、メールを確認し、資料をチェックし直すが、あと一歩が埋まらない。こうなるともう「午前中」という概念が遠い過去のように感じる。まるで朝起きてから別世界に放り込まれたような気分だ。
登記完了どころか申請すらできてない
そもそも「完了」どころか、スタートラインに立てていない。提出どころか、押印すらまだ。「申請は出せたんですよね?」と午後に確認の電話が来た時の、なんとも言えないあの敗北感。書類は完璧に揃っていたはずなのに、よく見ると日付が一日ずれている。細かいチェックを怠った自分にまたひとつ、自分ツッコミが入る。
法務局の待ち時間は精神修行
いざ法務局に着いても、待ち時間が長い。しかもタイミングが悪ければ担当者が席を外している。申請を出すだけなのに、なぜこんなに心が削られるのか。隣でにこやかに書類を提出している行政書士さんを見ると、なんだか負けた気になる。そんな自分に「お疲れさまです」と声をかけてくれる職員さんの優しさに、思わず泣きそうになる。
補正通知がくる予感だけが当たる
一度「大丈夫だろう」と思って出した申請に限って、補正通知が来る。これもまた登記あるある。ダメなときは予感があるのだ。胸騒ぎというか、嫌な汗というか。そして、やっぱり届く法務局からの電話。「〇〇の記載が足りませんね〜」と柔らかい声で言われると、こっちの心が折れる音がする。
電話の鳴りっぱなしが地味に削るメンタル
自分が集中したい時に限って、電話が鳴る。しかも、それが全部急ぎの案件というわけではないのがまたつらい。「あの件、進んでます?」という軽い確認でも、心は乱される。何本も電話が続いた後には、どこまで進めていたのかさえわからなくなってしまう。
「お急ぎですか?」と聞くのも怖くなってくる
電話で「お急ぎですか?」と聞くのが最近は怖い。「急ぎじゃないです」と言っておいて、数時間後には「まだですか?」という連絡がくるケースがあったからだ。だから「お急ぎですか?」とはもう聞けない。結果、すべての案件が“急ぎ”として処理される。頭の中の優先順位は常に崩壊している。
ひとつ断ると雪崩のように崩れる信頼関係
依頼をひとつ断ると、その方との関係性が変わってしまうのではないかという不安がある。特に田舎では口コミがすべて。だから断れない。でも、その結果自分の首が締まる。信頼関係を守ろうとして、心身の健康を削っている気がしてならない。
夕方になってようやく提出、それでも残るモヤモヤ
なんとか書類を提出し終えたのは16時45分。受付時間ギリギリ。「やっと終わった」という達成感よりも、「もう少し早く出せたはずなのに…」という後悔のほうが強い。気持ちが晴れるわけでもなく、ただ机に戻り、冷めたコーヒーをすするだけの夕方が始まる。
「終わった」というより「逃げ切った」
この仕事、完了よりも「今日はなんとか終わった」という日が多い。心からの満足感は少なくて、「なんとかやり切った」という疲労感だけが残る。たぶん、それが司法書士という職業なのだろう。誰かに褒められるわけでもなく、静かに自分を奮い立たせるしかない。
達成感ではなく、むしろ敗北感
一日かけてひとつの登記を完了させたとしても、それが「本来午前中に終わる予定だった」と思うと、どうしても達成感よりも敗北感が勝ってしまう。理想と現実の差は、じわじわと精神を蝕む。こんな日が続くと、「もう辞めたいな」と、つい本気で考えてしまう。
「お疲れさまでした」と言われるのがつらい
事務員が「今日もお疲れさまでした」と声をかけてくれる。それが優しさであることはわかっているのに、なんだか胸がチクッとする。自分の不甲斐なさ、段取りの悪さ、全体の進行の不透明さ。全部に対して「お疲れさまでした」が突き刺さる。だけど返す言葉は、「うん、ありがとう」しかない。
明日こそ午前中に終わらせるという幻想
「明日こそは午前中に終わらせる」と心に決めて帰路につく。でも、翌朝になるとまた同じサイクルが始まる。もしかすると、これはもうライフスタイルとして諦めるべきなのかもしれない。それでも、せめて気持ちだけは折れずにいたい。明日もまた、午前中に終わることを信じて出勤するのだ。
なぜか毎日リセットされる希望
この仕事をしていると、希望だけはリセットされるようにできている。現実には打ちのめされていても、「次こそは」と思えるのが、たぶん司法書士の強みなのかもしれない。だから今日も明日もまた、私は言う。「午前中に終わるはずです」と。
積み上がる書類と自責の念
机の上には未処理の書類が山積み。頭の中には「もっと早く動けばよかった」「あれを先にやっておけば」という後悔。これが私の毎日だ。それでもまた朝になれば、新しい一日が始まる。そして私はまた、午前中に終わるはずだった登記に取り組むのだ。