依頼人は突然に
古びた地図と不安げな男
ある雨の午後、事務所のドアが軋む音を立てて開いた。入ってきたのは、中年の男。手にはくしゃくしゃの地図と、何やら紙袋を抱えていた。 無精ひげを生やし、視線を泳がせながら、「この土地、まだ自分のものなんでしょうか」と呟いた。
名義変更に隠された動揺
調べてみると、確かに依頼人の名で登記されていたが、直近の変更申請が存在していた。不自然に急いで処理されたその申請書には、本人の署名がある。しかし、本人は「こんな書類、知らない」と言うのだ。
サトウさんの冷静な観察
書類の裏に潜む小さな違和感
「この朱肉の跡、押した後に濡れてません?」とサトウさんが言った。 彼女の言葉に私は顔をしかめる。印影が微妙に滲んでいた。急いで押印した証拠だ。だが、なぜ急いで?
統一感のない筆跡の謎
さらに、委任状の筆跡と申請書のそれが微妙に異なっていることに気づいた。「二度書き直してる……」とサトウさん。まるで金田一少年の事件簿に出てきそうな初歩的なミスだ。だが、それが逆に怪しい。
過去をたどる登記情報
所有権の移転と空白の期間
登記簿を遡ると、ある年に奇妙な空白が存在していた。一度抹消された登記が、また復活しているのだ。しかも、その期間にこの土地はずっと空き家だったはずだという。誰が、何のために?
誰も住んでいないはずの家
私は現地を訪れた。庭には雑草が生い茂り、ポストには数年分のチラシが詰まっている。だが、玄関の鍵は新しく交換されていた。誰かが最近、出入りしている――それは確かだった。
ご近所さんが語るもう一つの物語
認知症の父と出戻りの娘
近所の老婦人が語った。「昔ね、あの家にはお父さんと娘さんが住んでたの。でも、娘さん、いきなり出てったのよ。男と揉めてたとかでね……」 どうやら、何か家庭内での争いがあったらしい。
サザエさん的日常の裏側
「まるでサザエさんの家みたいだったわよ。娘がいつまでも出戻ってきてね……」老婦人は笑った。だがその笑いは乾いていた。 家庭の温もりの裏に隠された、利害の匂い。サザエさんの世界も、現実には笑って済まないことがある。
シンドウの現地調査開始
空き家に残された生活の痕跡
私は思い切って、鍵を持つ依頼人とともに家に入った。中は驚くほど整っていた。冷蔵庫には最近の食品。洗面所には使いかけの歯ブラシ。これは空き家ではない。誰かが、こっそり住んでいた。
遺産をめぐる不可解な動き
台所の引き出しから見つけたのは、父親名義の通帳と印鑑、そして死亡診断書のコピーだった。依頼人は声を震わせた。「父は……五年前に死んだはずなのに」 遺産の名義変更がされていない理由が、ようやく繋がり始めた。
亡くなったはずの人物からの通知
本物か偽物か 書類の真贋
その後、法務局から一通の通知が届いた。「先日提出された登記に不備があります」――不備どころか、添付された住民票にはすでに死亡していたはずの父の名前が記載されていた。 「やれやれ、、、俺が生きてるってことにされる日も近いな」と、つぶやいた。
消えた遺言書とその行方
さらに調べると、本来は公正証書遺言が作られていた形跡が出てきた。だが、その正本が見つからない。どうやら誰かが意図的に破棄し、無かったことにしようとしていたらしい。
サトウさんが指摘した違和感の正体
コピーされた印鑑と日付の矛盾
「この印影、ゴム印ですね」とサトウさんが言い放った。確かに微妙に線が潰れている。しかも、書類の日付は、父の死亡後になっていた。完全にアウトだ。
役所職員の証言が崩した前提
役所の担当者に話を聞くと、「確かに、死亡届は出てましたよ。でも、娘さんが『何かの手違い』って言うから、住民票はそのままにしてたんです」と証言。 これが全ての原因だった。
元野球部の嗅覚が導いた真実
ボールの握りとペンの握り
私はかつての野球経験から、筆跡を見て気づいた。「こいつ、左利きだな」 だが、父親は右利きだったはず。つまり、書類を書いたのは別人――娘だった。
あいつは利き手を変えたんですよ
「実はね……高校時代、あの娘さん、怪我して右手を庇う癖があったそうです」とサトウさん。なるほど、本人しか知らない情報だ。そこから真相は一気に解けていった。
浮かび上がる真犯人の意図
なりすまし登記のトリック
娘は、父が亡くなった後も死亡届を曖昧にして、印鑑や書類を偽造。空き家に戻り、実家を自分のものにしようとしていた。すべて、借金から逃れるためだったという。
欲望が引き起こした兄弟の悲劇
依頼人と娘は腹違いの兄妹だった。父の遺産を独り占めするために、娘は存在すら隠していたのだ。「血って、時に毒にもなるんですね……」依頼人は呟いた。
シンドウが動かした最後の一手
登記の訂正と法的措置
私はすぐに法務局へ登記更正の申出を行い、さらに家庭裁判所へ審判の申立てを行った。戸籍と証拠書類を揃え、数ヶ月後、無事に登記は是正された。
家庭裁判所で明かされた真相
審理の中で、娘はすべてを認めた。「父が死んだら、私は何も残らないと思って……」その声は虚ろだった。だが、嘘は罪である。真実の重みが彼女を押し潰した。
やれやれ この仕事は骨が折れる
サトウさんの無言の皮肉
事務所に戻ると、サトウさんが無言で私の机に大量の書類を置いた。「報告書、今日中に」とだけ。彼女の冷たい声に、私は肩を落とす。
それでも続く司法書士の一日
事件が解決しても、また別の問題が押し寄せてくる。「やれやれ、、、」と、何度目かのため息をつきながら、私はペンを取った。今日もまた、誰かの真実と向き合うのだ。