なぜこの一言が心に刺さるのか
「先生に任せてますから」。この一言に震えるのは、信頼されているからではない。むしろその逆で、「すべての結果を背負ってください」と無言で迫られるような圧力がある。依頼人の善意から出た言葉であることはわかっている。でも、何の相談もなく丸投げされると、こちらとしては「えっ、全部一人で判断しなきゃダメなの?」と、責任の重さに膝が笑い出す。特にトラブルの火種が見えている案件で言われた日には、帰り道の足取りが鉛のように重くなる。
言葉の裏に潜むプレッシャー
この一言がなぜ怖いのか。それは、単なる「任せた」ではなく「失敗しても責任はこちらにはありません」というニュアンスがこもっているからだ。自分も最初は「信頼されている証拠だな」と前向きに受け取っていた。しかし現実は違った。何か問題が起きたとき、「そんなことになるとは思ってなかった」と言われることがあまりにも多い。信頼ではなく、期待という名の無責任な希望を押し付けられているにすぎないと、やがて気づかされる。
信頼と責任の境界線が曖昧になる瞬間
依頼人の中には、「お金を払ってるんだから、全部やってもらうのが当たり前」という感覚の方もいる。もちろんプロとして報酬をもらう以上、責任は伴う。でも「一緒に考える」という姿勢があるとないとでは、精神的な負荷がまるで違う。昔、ある依頼人と毎日のように連絡を取り合って進めた相続登記の案件があった。苦労はあったが、「あの時先生がいてくれて助かった」と言われた時の喜びは、今でも心に残っている。その時は「任せた」というより「一緒に進めよう」という空気だった。
任せると丸投げの違いを誰が説明するのか
司法書士として生きていく中で、この「任せる」と「丸投げ」をどう区別するかは永遠の課題だ。言葉では説明できても、実際には相手の温度感や表情から読み取るしかない。新人の頃はそこがまったくわからず、「任せてます」という言葉を真に受けて突っ走り、あとで怒られたことが何度もあった。誰も明確な線引きを教えてくれない以上、自分の経験と直感で動くしかないのが現場の現実だ。
期待に応えたい気持ちと不安のはざまで
「先生に任せます」と言われて、うれしい気持ちがゼロというわけではない。人間として、やっぱり頼られるのは悪い気はしない。でも、その一方で「やばいな、この人ほんとに何にも考えてないな」と直感する時もある。そういう時は、自分がどこまで踏み込んでいいのかがわからない。一歩間違えれば「勝手に進められた」と責められ、慎重に進めれば「全然動いてくれない」と不満を持たれる。まさに綱渡りだ。
うまくいけば感謝されるが
たとえ難航した案件でも、最終的にうまくまとまれば「さすが先生!」と言われる。それはやっぱり嬉しい。でも、その感謝の言葉一つの裏には、何十通というメールや、深夜にこっそり読み込んだ判例や、他士業との地味な調整がある。感謝されるのは結果だけ。そこに至るまでのプロセスは、ほとんど見えていない。華やかさとは無縁の裏方仕事。それでも、誰にも見えない部分こそが、この仕事の本質なのだと思っている。
失敗したらすべてこちらのせいになる現実
「任せてます」と言った人が、失敗の時に「まあ、先生がそう判断したんでしょ」と冷たく言い放つことは珍しくない。特にトラブルになった時に露骨に態度を変えられると、こちらの心が折れる。実際、過去に一度だけ、ミスではないが「説明が足りなかった」と言われて、事務所にクレームが来たことがある。そのときは胃が痛くて眠れなかった。誰にも相談できず、事務員にも余計な心配をかけたくなくて、一人で夜遅くまで対応した。孤独という言葉がこれほど身に染みた日はなかった。
孤独な現場で押し寄せる自己否定
忙しい時期ほど、こうした「一言の重さ」に押しつぶされそうになる。どれだけ真面目に取り組んでも、最後の一言で否定されることもある。自分の判断が間違っていたのか、それとも説明が甘かったのか。誰も答えをくれないから、結局自分の中で反芻するしかない。自己否定と戦いながらも、次の日も同じように書類を前に座る。それが、士業という孤独な戦場だ。
誰も気づかない決断の重さ
「判を押すだけ」と思われがちな仕事でも、その裏では大きな決断が積み重なっている。登記の一つ一つに、「本当にこれでいいのか」という迷いがある。ちょっとした判断ミスが、後々大きなトラブルになる可能性もあるからだ。誰かに相談できれば楽になるが、この規模の事務所では基本的に自分で抱えるしかない。だからこそ、夜中にふと「俺の判断、ほんとに大丈夫だったのか」と眠れなくなることがある。
相談もなく任せてますと言われたときの無力感
以前、ある依頼人が初回面談のあとに「細かいことは先生に全部任せます」と言って帰った。ありがたい話のように聞こえるが、その後一切連絡が取れず、こちらだけで進めざるを得なかった。内容的に微妙な点が多く、何度も確認したかったが、連絡が来たのは完了直前になってからだった。そのときの「え、こうなるとは思ってなかったんですが」という一言には、さすがに膝が崩れた。
それでもやめない理由
こんな愚痴ばかり書いていると、「じゃあ辞めれば?」と言われそうだけど、それでもやっぱりやめられない。この仕事は、誰かの人生に深く関わる仕事だ。自分の関わり方一つで、安心を届けられることもある。たまに「先生が言ってくれたから決心できました」と言ってもらえる瞬間がある。それだけで、少しだけ報われた気がする。あの一言を信じて、今日もまた机に向かう。