失踪届と司法書士の朝
「弟がいなくなったんです」と電話越しの女性の声は震えていた。午前9時、ようやく机に向かってコーヒーを一口飲んだ瞬間の出来事だった。 失踪者は三浦正彦、数日前から連絡が取れず、勤務先にも現れず、近隣住民の話では夜逃げではないかと囁かれているという。 とはいえ、司法書士である俺ができるのはせいぜい登記簿や関係書類を調べることだけだ。だが――なぜか依頼者は、登記簿の確認をお願いしたいと言ったのだ。
行方不明者の姉からの電話
電話をかけてきたのは失踪者の姉、三浦佳乃だった。妙に落ち着いた口調で、しかし言葉の節々に焦りが滲んでいた。 「正彦の名義だった土地が、別人の名前に変わっている気がしてならないんです」と彼女は言った。 俺はその一言に軽く眉を上げた。名義変更には当人の意思が必要なはずだ。それが失踪直後に行われていたとすれば、何かおかしい。
地元警察の消極的な態度
「成人男性の行方不明はよくあることでしてね」と警察は淡々と言った。 実際、事件性がなければ警察も動きにくいのだろうが、司法書士としてはこの“タイミング”が引っかかった。 俺は警察署を出て、サトウさんに「例の住所の登記簿、すぐに取れるか」と声をかけた。
登記簿に残された違和感
その土地は、つい3日前に所有権移転がされていた。 登記原因は「贈与」。だが、贈与契約書の提出日が失踪当日と一致していた。 あまりにも都合が良すぎる話だった。
所有権移転の謎
受贈者の名前は「滝本明」――聞き覚えのない名前だった。 しかも登記簿の記録には、住所はあるが実体の確認が難しいような簡略な記載。 サトウさんが唸る。「これ、たぶんダミーですね」。
登記原因が語る過去の取引
過去の登記記録を洗ってみると、滝本という人物は、数年前にも複数の土地を短期間で転売していた形跡があった。 土地ころがしという言葉が頭をよぎる。 そしてそれらに関与していた司法書士の名前が、かすかに記憶に残るものだった。
消えた住人と無人の家
住所を訪ねてみると、家には誰もいなかった。鍵はかかっておらず、電気メーターも止まったまま。 ポストは溢れかえっており、電気料金の督促状が何通も入っていた。 不自然な静けさが、逆に異様だった。
サトウさんの調査開始
「私、知り合いの不動産屋に聞いてみます」そう言ってサトウさんはスマホを片手に事務所を飛び出していった。 彼女は口数こそ少ないが、情報収集能力は俺よりも数段上だ。 その姿はまるで『シティーハンター』の香がハンマーを持って敵を追うようだった。
ポストに残された未開封の通知
家主宛ての郵便物の中に、市役所からの通知があった。 中身を確認すると、名義変更手続きの確認通知だった。 つまり、本人に届いていないまま、何者かが手続きを進めていたことになる。
司法書士が追う権利の移動
俺は法務局に赴き、申請書類の写しを取り寄せた。 筆跡を確認すると、依頼人の署名欄は明らかに誰かがなりすましたような、不自然な癖があった。 「これは、、、本人のものじゃない」俺は確信を持った。
委任状に仕込まれたトリック
委任状の印影も、どこか薄く、明らかに偽造の疑いがあった。 なのに法務局は形式が整っていたとして受理していた。 やれやれ、、、こういう抜け道があるから悪いやつらは後を絶たないんだ。
法務局で出会った意外な人物
書類を閲覧していると、後ろから声がした。「あの、もしかしてシンドウ先生ですか?」 振り向くと、かつて相続登記で揉めたことのある依頼者の弟だった。 「滝本って、あのときの司法書士に近い人間ですよ。うちの兄貴も騙されたんです」。
手続きに隠された誘導の罠
土地の売買は行われていないが、贈与という名目で移転していた。 その直後、滝本は別の業者に土地を売却していた。 つまり、最初から「奪って売る」が目的だったのだ。
名義変更のタイミング
名義が変わった日付が、正彦の最後の出勤日と一致していた。 その日、彼は誰かに呼び出されていたらしい。 おそらく、そこで何かがあった――自発的失踪ではない。
誰が利益を得たのか
贈与を装い、名義を変え、短期で売却して利益を得た者。 銀行の入金履歴を辿ると、法人名義の口座から現金が引き出されていた。 その代表者は「滝本明」ではなく、かつての偽装登記で問題となった人物だった。
サザエさんとカツオの論理
「人ってね、都合悪くなるとカツオみたいに逃げるんです」とサトウさんが呟く。 「でもね、フネさん――いや、私が見つけちゃうんですよ、尻尾を」 俺は内心ちょっと笑った。やっぱり彼女は頼りになる。
「嘘の上塗り」はどこから始まったか
最初の一手は委任状の偽造、次に贈与契約書、そして失踪者の所在隠し。 まるで『金田一少年の事件簿』のような仕掛けだが、現実はもっと地味で陰湿だ。 だが、地味な謎解きこそ司法書士の腕の見せ所だ。
真実は一筆の中に
正彦が書いたと思われる最後の書類の余白に、小さく「信じるな」と書かれていた。 その筆跡は震えていたが、確かに彼のものだった。 俺はその文字を見て、全ての点が繋がった気がした。
追い詰められた仕掛け人
滝本は、不動産業者の事務所で逮捕された。 偽造と詐欺の疑いで、警察はすでに内偵を進めていたらしい。 司法書士としての通報も、少しは役に立ったようだ。
銀行の動きが語る金の流れ
司法書士の世界では、金の流れが全てを物語る。 送金のタイミング、名義、そして回収手段。 そのすべてが、犯人の愚かな痕跡を残していた。
そして浮かび上がる動機
金に困っていたというより、過去に失った信用を取り戻すための犯行だったという。 滝本はかつて懲戒処分を受けた司法書士の弟であり、兄の名誉を取り戻すつもりだったらしい。 皮肉にも、その結果、さらなる罪を重ねることになった。
失踪の理由とその代償
三浦正彦は、偽装登記に加担させられそうになり、自ら姿を消していた。 「罪を犯すくらいなら消える」その選択肢は正しかったのかもしれない。 だが、それが全てを解決したわけではない。
本人の登場と涙の告白
正彦は山奥の小さな寺で発見された。 「もう誰も信じられなかった」と涙を流す彼に、姉は何も言わず寄り添った。 人間ってのは、案外もろい。
「やれやれ、、、」の一言で締めくくる
事務所に戻った俺は、ぐったりと椅子に沈んだ。 書類の山、電話の嵐、そしてサトウさんの冷たい目線。 「やれやれ、、、明日は休みたいな」と、誰にともなく呟いた。
事件のあとに残る登記簿の静けさ
紙の上では、全てが正しい。法的にも形式的にも、完璧な手続きだった。 だが、人の想いや苦しみまでは、登記簿には残らない。 それを読み取るのが、俺たち司法書士の仕事なんだろう。
シンドウの反省とサトウさんの塩対応
「もう少し早く動いてればよかったな」と呟くと、サトウさんが返す。 「その反省、3回目ですね。今度こそ活かしてください」 俺は深くため息をついた。「やれやれ、、、」。
今日もまた書類の山に埋もれる日常
デスクの上には新しい相続案件が3件、後見の相談が1件。 電話のランプは相変わらず忙しく点滅していた。 俺の戦いは、まだまだ続く。