登記完了はするのに恋は始まらない人生

登記完了はするのに恋は始まらない人生

登記の締切には敏感なのに心の締切は曖昧なまま

登記の申請期限にはやたらと敏感なのに、心のメンテナンスや人間関係の期限についてはいつも後回しだ。恋愛だって、何年「そのうち」と言い続けてきただろう。気づけばアラフィフ。あの頃の「そのうち」は、いつの間にか「もういいか」に変わっていた。仕事では細かい期限管理をするくせに、自分の人生に関してはあまりに無頓着だった。そんな自分が情けないような、でも仕方ないような、どこか諦めにも似た感情がある。

いつも優先されるのはクライアントの書類

自分の予定を後回しにしても、クライアントの登記は遅らせない。そんな習慣がもう十年以上続いている。たとえば友人と飲みに行く約束をしていたとしても、誰かから「至急お願いできますか?」と連絡があれば、その約束は白紙になる。友人には「また今度」と謝るが、また今度は永遠に来ない。気づけばプライベートのスケジュールは真っ白になっていた。誰かの人生の節目には関われても、自分の人生の節目はずっと先延ばしだ。

恋愛は後回し仕事は即対応のクセが抜けない

一度だけ、お見合いのような機会があった。優しそうな女性で、うまくいけば…と思ったけれど、当日の朝に相続登記の件でトラブルが発生した。もちろんデートはキャンセル。向こうからの連絡は二度となかった。こっちとしては「仕事だから」と自分に言い訳をしたが、冷静に考えれば優先順位が偏りすぎている。恋愛を大切にできない人間に、誰が心を開いてくれるというのだろう。

自分の幸せを後回しにする癖の正体

「誰かのために」が口癖になっていた。でも本当は、自分の寂しさに向き合うのが怖かっただけかもしれない。仕事を理由にして、自分の孤独をごまかしていたのだと思う。野球部時代の仲間たちは家庭を持ち、子どもの話で盛り上がっている。そんな話を聞くたび、自分の人生がどこか脇道にそれたような気がするのに、立ち止まって向き合う勇気が出ない。

仕事に追われる日々と空っぽの帰り道

毎日のように事務所で遅くまで作業して、帰り道は真っ暗な地方の道を車で走る。コンビニの明かりだけがやけに眩しく感じられる。家に着けば誰もいない。テレビをつけても、話す相手がいないと笑い声も空虚に聞こえる。自分は今、何のためにこんなに働いているんだろう。そんな疑問が、ふと夜中に湧き上がる。

事務所の電気を消す瞬間が一番寂しい

毎晩、最後に事務所の電気を消すときのあの静けさ。パチッという音だけが響いて、妙に寂しさが染みる。事務員は夕方には帰っている。自分だけが残って、誰もいない部屋で一人パソコンに向かう。誰にも見られていない努力なんて意味があるのか?と思う瞬間すらある。でも、意味がない努力しかできないのがこの仕事なのかもしれない。

誰とも話さない一日が当たり前になった

電話はある。でも事務的なやりとりだけ。誰かと冗談を交わしたり、無駄話をしたり、そんな時間は一切ない。朝から晩までパソコンと書類と睨めっこして、一言も笑わない日が続くと、心まで硬くなってしまいそうになる。人とのふれあいが恋しくても、何をどうすればいいのかわからない。そうしてまた一日が終わる。

元野球部でも独身だと自信がもてない

学生時代は、そこそこ明るくて社交的だったはずだ。野球部では後輩にも慕われて、合コンだって何度かあった。なのに今はどうだ。髪は薄くなり、腹は出て、会話のネタは登記法ばかり。こんな自分を誰が好きになってくれるのか、と考えると、もう恋愛に足を踏み入れる気力すらわかない。

それでもこの仕事を辞められない理由

じゃあ何のために働いてるのか、と自問すると、答えはやっぱり「誰かの役に立ちたい」になる。相続で困っていた人が「助かりました」と笑ってくれる瞬間、登記完了の報告で「これで安心です」と言われるとき、ああ、この仕事をしていてよかったと思える。報われないことも多いけど、それでもやめられない。

誰かの困りごとを解決できる誇り

登記という仕事は地味だけど、人生の大切な節目に関わる。結婚、相続、購入、売却…。誰かの人生が前に進む瞬間に立ち会えるというのは、なかなか得がたい経験だ。たとえ自分の人生が止まっているように感じても、人の人生に関われることに少しだけ救われている。

ありがとうの一言に救われる瞬間

登記が完了して報告の電話をすると、「ありがとうございます」と言われる。それだけのことだけど、その一言がどれだけの重みを持っているか、自分ではよく分かっている。誰かに感謝されるというのは、やっぱり人間として一番うれしいことだ。

誰かのスタートに関われるやりがい

不動産を買った方、新しい事業を始める方、亡くなった親の家を引き継ぐ方――みんなそれぞれに新しい一歩を踏み出している。その背中を少しでも後押しできること、それがこの仕事のやりがいだ。恋は始まらなくても、人の新しい人生の出発点には立ち会えている。それを誇りに思いたい。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。