午後イチで心が折れた日でも仕事は待ってくれない

午後イチで心が折れた日でも仕事は待ってくれない

午前中はそこそこ順調だった

朝はどちらかというと得意なほうだ。開業から数年、バタバタしながらも朝のルーティンは板についてきた。事務所に着いて、メールチェック、電話の折り返し、書類の整理、役所への連絡…。淡々とこなしていく中で、今日は何とかなるかもしれないという予感があった。そんな予感は、だいたいいつも外れるのだけど。

依頼人からの電話も笑顔で対応できた

午前10時頃、相続登記の相談でやり取りをしていた依頼人から電話があった。「丁寧にやっていただいてありがとうございます」と言われ、こちらもつい「いえいえ」と笑ってしまった。こういう瞬間があるから、まだ頑張れているのかもしれない。依頼人とのやりとりに手応えがあった日は、多少なりとも心が軽くなる。

登記完了の知らせにちょっと安心

その後、法務局から完了通知が届いた。登記申請が一発で通ると、ほんの少しだけ気持ちが救われる。実務の世界では「完了=成功」とは限らないけれど、手間をかけた分が報われると報連相もスムーズにいく。午後から別件でバタつく予定だったので、この「ひと安心」は貴重だった。そう、この時点ではまだ余裕があった。

事務員もご機嫌で「今日イケてますね」なんて言ってた

「先生、今日は調子いいじゃないですか」と、事務員のMさんが笑いながら言ってきた。年下だけどよく気が利く子で、忙しいときほど冗談を交えてくれる。こういう雰囲気があるだけで救われる。お昼休憩に向けて、ほんのひととき「穏やかな司法書士事務所」らしい時間が流れていた。ここまでは、まだよかったのだ。

午後イチの来客がすべてをひっくり返した

13時を少し回った頃、予約なしで飛び込みの来客があった。急ぎの相談とのことで、断れず対応したのが運の尽きだった。話の途中から雲行きが怪しくなり、ついには机を叩かれる始末。落ち着いて話をしてもらおうとしても、相手にはまったく通じない。正直、午後イチでこれを食らうと、その日の体力は尽きる。

予想外のクレームと「こんなはずじゃなかった」の嵐

内容は、完全に相手の勘違いだった。司法書士にできる範囲と、できない範囲の説明も事前にしていたし、記録にも残している。だが「そういう説明は受けてない」「こんなサービスとは思わなかった」と責め立てられた。頭ではわかっていても、心はやられる。誠実に向き合っても、受け取られ方はどうにもならない。

相手の勘違いに付き合わされるこちらの疲弊

「何とかしてくれ」と繰り返されても、できないものはできない。裁判じゃないんだから、無理な要求は断るべきなのに、それでもその場ではどうしても対応に回ってしまう。「どうして自分ばかり…」そんな思いがぐるぐる頭を回る。責任を果たそうとするほどに、疲弊するのがこの仕事の理不尽なところだと思う。

心の声「なぜ俺がここまで言われる?」

「こっちは依頼してるんだよ」と言われたとき、心の中で「俺だって好きでこの仕事やってるわけじゃない」と叫びたくなった。もちろん本心じゃない。でも、言葉の刃を受け続けると、ふとそんな弱音が出てくる。午後イチのたった30分で、朝の自信も手応えもすべて吹き飛んだ。仕事が好き嫌いの問題じゃないんだよな。

メールボックスを開いた瞬間に追い討ち

落ち込みながらデスクに戻り、PCを開いたら受信ボックスに赤字の数字が踊っていた。10件以上の未読。その中には、見覚えのある不動産会社からのメールが…。タイトルに「再修正のお願い」とあって、もうその時点でイヤな予感しかしなかった。開く手が、ほんの少し震えていたかもしれない。

タイトルだけで胃が痛くなる不動産会社からの通知

「至急ご確認ください」「再度修正が必要です」などの言葉が並ぶと、それだけで気持ちが重くなる。相手は悪くない。こちらのミスか、確認不足があったのだろう。それはわかっている。でも、今このタイミングでくるか?と思ってしまう。午後イチで気持ちが折れたあとの追撃は、さすがにきつい。

添付ファイルの名前がもう怖い

添付されたPDFのファイル名が「修正依頼_再再確認」となっていた。その「再」が二回続く時点で、すでにこちらの信用は揺らいでいる。たしかに急いでいた案件で、手を抜いたわけじゃないけれど確認が甘かったかもしれない。こんな時ほど、過去の自分のミスが恨めしく思える。今日じゃなければ、もう少し冷静に対処できたのに。

案の定、やり直しと訂正の連絡

中を確認すると、記載ミスが2点と、謄本の添付漏れが1点。完全にこちらの落ち度だった。「ああ、最悪だ」と心の中でつぶやき、立ち上がってコーヒーを淹れに行く。疲れていても、修正は待ってくれない。こういう瞬間が一番つらい。頑張っても頑張っても、どこかで抜ける。それが人間だとわかっていても、言い訳にはできない。

それでも明日の仕事は待っている

どれだけ心が折れても、依頼人の予定は変えられない。登記の期限、相続の締切、会社設立のスケジュール…。すべては「司法書士としての責任」の上に成り立っている。疲れていても、誰にも代わってもらえない。独り身の身軽さがあると言われることもあるけれど、本音を言えば、支えてくれる誰かが欲しい日もある。

登記は止まってくれないし、依頼も減らない

ありがたいことに仕事はある。でも、ありがたさとしんどさは紙一重だ。忙しさに押し潰されそうになりながらも、今日もまた「先生、頼りにしてます」と言われれば、つい背筋を伸ばしてしまう。野球部の頃の根性が、未だに抜けてないのかもしれない。つらくても、最後までやり抜く。それが唯一、今の自分を保つ術なのだ。

不満も希望も飲み込んで進むだけ

夕方、机の上に並んだ書類を見てふとため息が出た。今日の午後イチ、あの瞬間から心は完全にバッキリいっていた。でも誰にもそれを言えないし、明日にはまた新しい依頼が届くのだろう。不満も希望も飲み込んで、黙って進む。それが司法書士としての「生き方」になってしまっている。気づけば、今日も日が暮れていた。

「俺がやらなきゃ誰がやる」なんて口には出せないけど

結局、自分でやるしかない。たとえ心が折れても、背を向けるわけにはいかない。誰かに「休めば?」と言われても、それができないことを自分が一番わかっている。でも、こんな記事を書いてる今だけは、少しだけ愚痴をこぼしても許される気がしている。午後イチで心が折れても、明日はまたやってくる。それが司法書士の現実だ。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。