仮登記簿と消えた家族

仮登記簿と消えた家族

仮登記簿と消えた家族

夏の終わりの依頼人

蝉の声も弱くなったある午後、年配の男性がふらりと事務所を訪れた。 背中を丸め、古びた茶封筒を胸に抱えていたのが印象的だった。 「実は、この家の名義がまだ父のままでして……」と、言葉を選びながら語り始めた。

一枚の登記簿が語る謎

封筒の中には、昭和の香りがする登記簿謄本が数枚。 そこには、仮登記のまま放置された名義が確かに記されていた。 売買による仮登記、しかしそのまま本登記に至らず、年月だけが流れていた。

父と名乗る男の過去

「父は戦後、何度も家を売ろうとしていたようです」 だが実際には、その家には誰も住まず、数十年が過ぎたという。 男は「自分が長男である証拠も残っていない」と困惑していた。

空白の住所地

消えた家族の行方

住民票も除かれ、郵便も戻ってくる。 近隣住民に尋ねても、「あの家には誰も住んでないよ」と口を揃える。 それなのに、光熱費の契約はずっと生きていたという矛盾が浮かび上がった。

隣人が語った違和感

「十年くらい前かな、スーツ姿の人たちが何度も出入りしてたよ」 不動産業者と思しき人物がいたが、登記簿には何も記録されていない。 鍵はずっと掛かったまま、誰かが住んだ形跡もないという。

売買契約書の不自然な一文

仮登記に添付された売買契約書には、なぜか決済の証明がなかった。 押印だけが不自然に真新しく、文面も現在の契約書と異なっていた。 これは誰かが意図的に「仮登記止まり」にした可能性が高いとサトウさんが告げた。

サトウさんの冷静な指摘

所有権移転の奇妙な時期

「これ、平成十五年の日付ですね。ちょうど空き家対策特措法が話題になり始めた頃です」 サトウさんは、業界誌のように淡々と語った。 誰かがその前に仮登記だけを済ませ、名義だけを確保しようとしていたのかもしれない。

仮登記の放置された理由

「本登記をするには実体的な所有権移転が必要です。でも、それが証明できないなら…」 つまり、名義だけを動かしたい誰かがいたということだ。 登記簿の上にだけ現れて、実体を持たない所有者。それがこの事件の鍵だった。

やれやれと呟く午後

法務局で見つけた影

「この登記識別情報、別の名義人が再発行を請求してます」 その記録を見つけた瞬間、思わず「やれやれ、、、」とため息が漏れた。 まるで『ルパン三世』の銭形警部になった気分だった。追っても追っても影しか掴めない。

嘘を重ねた名義変更

名義は何度も移されていたが、すべてが仮登記。 そのたびに所有者は姿を見せず、契約書もコピーしか存在しなかった。 最後の名義人は、すでに他界していたことが戸籍から判明した。

真犯人は誰なのか

遺産分割協議書に仕掛けられた罠

遺族が提出した遺産分割協議書には、なぜかこの家だけが記載されていなかった。 だが、裏面に貼られた印紙が示す金額が明らかに不自然だった。 「これ、全財産として処理したように見せかけて、実際は…抜いてますね」とサトウさん。

真実を知った依頼人の決断

「自分の父が、そんなことをしていたなんて信じたくない」 依頼人は顔を伏せ、震える声でそう言った。 それでも、真実は記録に残るものとして登記簿が語っていた。

登記簿が語る結末

家族の形と名義の重み

「名義なんてただの名前だと思ってました」 依頼人のその言葉が妙に耳に残った。 だが、名義には責任も記憶も、そして嘘も刻まれてしまうのだ。

忘れられた住所に灯る明かり

後日、その家の表札が新しくなっているのを見かけた。 依頼人は、解決後にすべての登記をやり直し、自分の名を刻んだのだという。 そして静かに、亡き父と向き合いながらその家に住むことを選んだのだった。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓