予定帳に自分の名前を書いたことがない

予定帳に自分の名前を書いたことがない

予定帳に自分の名前を書いたことがない

忙しい毎日に自分がいない

朝起きてから寝るまで人のための段取り

朝の事務所は、だいたいサトウさんの「おはようございます」で始まる。彼女が淹れてくれるコーヒーの匂いが、眠気を引きちぎるように香る。俺はというと、寝癖を帽子でごまかし、昨日の登記完了チェックリストを開く。いつからだろうな、自分の用事を忘れたのは。

電話対応に始まり、誰かの書類に終わる

一日の始まりは大抵、誰かの「急ぎなんですが……」から始まる。登記、相続、後見人。誰かの人生の節目に立ち会っているという意味では、誇らしいはずなのに、俺の心の中は妙に空っぽだった。

気づけば自分の昼ごはんさえも忘れていた

「先生、お昼まだですよ」と言われて気づく午後2時半。コンビニおにぎりをほおばりながら、ふとスケジュール帳を見た。びっしりと詰まった予定、そのどれもが“他人のため”だった。

サトウさんに言われて初めて気づいたこと

「先生、自分の予定って入れてます?」

その一言は、不意に投げられたナックルボールのように俺の胸に突き刺さった。笑ってごまかしたけど、正直、何も言い返せなかった。

ハッとしたけど、咄嗟に答えられなかった

予定帳をめくる。相談、立会、書類提出、法務局訪問――全部他人のため。俺の名前なんて、どこにも書かれていない。

自分のための予定は“罪悪感”がつきまとう

何かを入れようとすると、「それより優先すべき案件があるだろ」と、自分の中のもう一人の俺が囁く。休みを取ることが、どこか申し訳なく感じる。サザエさんの波平みたいに、「社会人たるもの…!」と脳内説教が始まる。

誰のために働いているんだろう

登記も、相談も、相続も…全部「誰かの用事」

「司法書士ってヒーローですよね」なんて、かつて言われたことがある。怪盗を追う名探偵のように、依頼人のトラブルを解決する。でも俺は、そんな格好いいもんじゃない。ただの“便利な相談窓口”だった。

でも自分のことになると後回しにしてしまう

仕事は溢れるほどある。だが、ふと休日の空白を見つけると、なぜかそこに「自分のための用事」を入れようとは思えない。

それって“逃げ”じゃないか?と問いかけてみた

誰かのために動くことで、自分の問題から目を逸らしていたのかもしれない。結婚もしてない、趣味もない、予定もない。ただ仕事だけ。俺は一体、どこに向かっているんだろう。

自分の名前を予定帳に書いてみた

最初に書いたのは「ひとりラーメン」

ある日曜、誰の予定も入っていなかったページに、俺は思いきって書いた。「14:00 ラーメン屋 新月軒」――自分の名前じゃなく、ラーメン屋の名前なのがまた俺らしい。でもそのとき、ちょっとだけスケジュール帳が明るく見えた。

たったそれだけでスケジュール帳が少しだけ明るく見えた

当日、ひとりでのんびりカウンターに座って、味噌ラーメンをすすった。隣の高校生たちが「このスープ、神じゃね?」とか言ってるのを聞きながら、俺は久しぶりに“自分の時間”を感じた。

やれやれ、、、ようやく「予定の主役」になれた気がする

ラーメンのスープを飲み干して、店を出る。なんてことのない休日。でも、俺の中ではひとつの事件だった。今度は「映画」でも書こうか。「散歩」でもいい。名探偵シンドウ、人生の空白に自分の名前を書き込み始めたところだ。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓