焼け跡に立つ男
朝の冷たい風が灰を巻き上げ、空へと吸い込まれていった。昨日まで家があったはずの場所は、黒焦げの廃墟と化していた。警察の黄色いテープが残り火の匂いを囲むように貼られており、その外側で俺は手にした登記事項証明書を見つめていた。
依頼人の男は、確かに「新築登記をお願いします」と言った。にもかかわらず、俺の目の前にあるのは、古ぼけた瓦と焼けた柱だけだった。
灰色の朝と黒焦げの家
消防署の報告では、原因は漏電による火災らしい。が、それにしても奇妙だった。新築とは思えないほどの老朽ぶり。そして近隣住民の証言では、あの家はもう十年以上も無人だったという。
依頼人が持参した写真には、ピカピカの外壁、真新しい門扉、最新のオール電化設備まで映っていた。だがその面影は、現場にはどこにもなかった。
近隣住民の噂話
「え?あの家?新築?冗談じゃないよ、もう誰も住んでなかったわよ」と向かいの奥さんが笑いながら言った。「サザエさんの家の方がよっぽど新しいんじゃないかしら」
俺はとっさに「波平さんの植木より古いかもですね」と笑い返したが、内心は穏やかじゃなかった。そもそもこの登記は、誰のための新築だったのか。
登記簿に浮かぶ違和感
登記事項証明書には、数週間前に「新築」として建物表題登記がなされていた。しかも、申請代理人は俺の名前になっていた。だが、そんな手続きをした覚えはない。
やれやれ、、、また厄介なことに巻き込まれたらしい。あの男が偽造したのか? それとも、俺の名を使って誰かが何かを隠そうとしたのか。
新築なのに築30年の家
法務局の職員に確認しても、手続きは正規のルートを通っていたという。「あなたの電子署名もきちんとありますよ」と職員は言うが、その署名は偽物だ。電子証明書が乗っ取られた可能性すらある。
「まさか俺、ルパンにでも狙われたんですかね」と皮肉を言ってみたが、職員は苦笑いするだけだった。
サトウさんの冷静な指摘
事務所に戻ると、サトウさんが淡々と言った。「その登記、地番違ってますよ。しかも一筆の土地を勝手に二つに分けてる」
なるほど、そうか。地番を操作して、まるで“新築”が建ったかのように見せかけたのか。地番を踊らせるとは、なかなか洒落たトリックだ。
消えた依頼人と封筒の謎
封筒の宛名は「松井敏夫」となっていたが、そんな名前の男はどこにも登録がなかった。携帯も繋がらず、住所もでたらめだった。
ただ、封筒の中には一通の簡易書留の控えが入っていた。送り先は某不動産会社。その会社は、隣接する空き地の所有権を狙っていたことが後に判明する。
灰の中から出てきた委任状
焼け跡を掘り返していた警察が、焦げかけた封筒を見つけた。その中には、俺の名前と押印がされた委任状のコピー。だが、本物は存在しなかった。
つまりこれは、偽造された委任状と登記情報を用いた、不動産取引のカモフラージュだったというわけだ。
司法書士の地味な捜査
俺は再び法務局に出向き、地番の変遷と隣接地との境界確認を依頼した。登記簿を手繰り、地積測量図を睨みつけ、古い合筆記録を追った。
まるで一人コナン君。いや、事件解決より残業代が気になる年齢だ。だが、地味でも確かな証拠は、地図の片隅に眠っていた。
法務局の片隅で
「この測量図、修正されてますよ」係員が言った。「しかも修正日が火災の三日前です」
サトウさんがひと言。「時間稼ぎだったのね」その冷静さに少しだけホッとした。やれやれ、、、頼りになるのは彼女だけだ。
真相とほろ苦い後味
結局、あの「新築」は登記上の幻だった。焼けたのは本当に古家であり、地番操作で別人に成り済ました不動産ブローカーが仕掛けた詐欺だった。
火災保険金の請求は却下され、土地の売買は無効。だが俺の電子署名を使われた件では、警察から何度も事情聴取を受ける羽目になった。
登記簿に残された名だけが真実
誰も見向きもしない焼け跡に、地番はただ静かに残った。紙の中だけに存在した「新築」の影は、記録の底に沈んでいった。
「司法書士ってのはさ、現場より紙の方が真実を語る仕事なんですよ」俺は誰にともなくつぶやいた。