一日遅れの記録

一日遅れの記録

朝の違和感

その朝、事務所のポストには一通の封筒が入っていた。表には「登記完了通知書」と書かれていたが、何かが引っかかった。昨日、申請した案件にしては、返ってくるのが早すぎる。

中を確認すると、確かに処理日は「令和七年八月四日」となっている。だが、提出したのは八月五日のはず。まるで一日、時間が巻き戻っているようだった。

登記簿に記された奇妙な日付

オンラインで確認した登記簿にも、同じく「八月四日申請、同日完了」と記録されていた。念のためサーバーの遅延かとも疑ったが、他の案件にはズレはない。となると、これは人的なミスか、あるいは何かを隠すための意図的な操作だ。

司法書士としての直感が「これは臭う」と告げていた。だが、証拠も根拠もない段階では動けない。手がかりを探す必要があった。

依頼人の語る「昨日」の真実

依頼人の野田氏に電話で確認を取った。彼は落ち着いた声で「昨日の朝、先生にお願いしたでしょう」と言ったが、私はその日、午前中は野球部のOB会で外にいた。そもそも彼が事務所に来たのは午後三時、書類提出は五時を過ぎていたはずだ。

「すみませんが、何時にお渡ししたか覚えてますか」と尋ねると、「朝の九時過ぎでしたよ。サトウさんに渡しました」と返ってきた。私は知らぬ間にタイムスリップでもしていたのだろうか。

サトウさんの着眼点

「それ、たぶん間違いじゃないですよ」

静かにコーヒーを淹れながらサトウさんは言った。彼女の表情は相変わらずクールだが、目はどこか鋭く光っていた。まるで名探偵コナンの灰原哀のようだ。

書類の受領印に潜む手がかり

「先生、ここの印鑑。これ見覚えあります?」

差し出された完了通知の裏に押された印影を見て、私は目を細めた。どこかで見たような字体。だが、微妙に傾いていた。サトウさんはファイリング棚から、先月処理した別件の通知書を引っ張り出してきた。

「ほら、これと同じ印鑑。でも押され方が全然違います」

いつも通りの冷静な塩対応

「つまり、誰かが以前の通知書をコピーして日付だけ書き換えたってことですか?」と私が聞くと、「そうとしか思えませんね。先生、気づくの遅すぎです」とあっさり斬り捨てられた。

やれやれ、、、。ただでさえ暑いのに、心まで冷やされるようだ。だが、冷静な視点を持つサトウさんがいれば、少なくとも道に迷うことはない。

現地調査の開始

不審な点が見つかれば、現地に行くしかない。私は野田氏の物件へ向かい、周辺を確認することにした。すると、道向かいの看板に見覚えのある名前があった。「黒井法務事務所」。旧知の司法書士、黒井だ。

彼とは大学の野球部時代からの付き合いだが、どうにも曲者で、今ではほとんど会話もない。

隣の司法書士との不思議な会話

「あれ、シンドウ先生?珍しいですね、うちの近くで」

不意に背後から声をかけられた。振り向くと黒井がニヤリと笑って立っていた。なんとも嫌なタイミングだ。「ちょっと確認があって」と私はごまかしつつも、登記完了のタイミングについて探る。

すると黒井は、思いがけず「うちは四日の夜に申請出したけど、処理早かったなあ」とつぶやいた。どういうことだ?

ポストの中の小さな嘘

野田氏宅のポストを覗くと、投函された控えがあった。消印は「八月五日」。それでも通知には「四日完了」とある。つまり、黒井が先に申請し、野田氏が同一物件で虚偽申請を重ねたのではないか。

誰かが前倒しで完了した記録を偽造したのだ。それを知る人物は限られている。依頼人の野田か、または黒井自身か。

日付の矛盾と天気予報

思い返してみると、四日は一日中雨だった。だが、通知には「晴天のため現地確認済」とある。役所は現地確認などしていない。文言はテンプレートで、天気まではチェックしていない。

つまり、嘘をついた者は、天気の記録まで確認していなかったということだ。

午後から雨のはずだったのに

当日の天気を調べると、午後から雷を伴う大雨だった。近所の防犯カメラ映像には傘もささずに歩く黒井が映っている。つまり、彼は「晴れの日」に申請したはずなのに、びしょ濡れだった。

この物的証拠が、虚偽申請の裏付けとなる可能性が出てきた。

監視カメラが捉えた決定的瞬間

役所前の監視カメラには、黒井が自らポストに書類を入れている姿が映っていた。時間は五日午後五時十七分。まさに我々が提出した直後だ。

先に出したように見せかけ、処理日を改ざんしたのは黒井自身。これは業務上の不正行為にあたる。

サトウさんの推理

「つまり、黒井さんが先に申請したように見せかけて、野田さんと共謀していたってことですね」

私は深く頷いた。確かにそうとしか考えられない。野田は黒井の名前で先に登記させ、その後自分の権利も主張しようとした。二重登記によるトラブル狙いだ。

そのズレが意味するもの

「一日ズレただけで、こんなにも大事になるんですね」とサトウさんが言った。

たかが日付、されど日付。司法書士にとっては命取りになりかねない。改めて、細部を疑う大切さを痛感する。

やれやれ、、、まさかこんなオチとは

黒井と野田には後日、法務局からの聴取が入ったと連絡があった。結局、手口は浅く、あっけなく崩れた。私は疲れた身体を椅子に沈めながら、静かに呟いた。

「やれやれ、、、こんな地味な事件で一日潰れるとは」

サザエさんのように平穏に終わるかと思いきや、現実はそうはいかない。それでも、サトウさんがいれば、きっとなんとかなる。たぶん。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓