区画図の亡霊
見慣れた地図に潜む違和感
午前十時。事務所の窓から差し込む光が、積み上げたファイルの埃を照らしている。 僕は例によって、珈琲をこぼしながらも、登記の処理に追われていた。 そこに、町内会長を名乗る年配の男性が、分譲地の区画図を手に訪ねてきたのだった。
古びた依頼書と無言の来訪者
依頼は、ある空き地の名義確認だった。しかし資料に載っている家屋番号は、どの図面にも存在しない。 「いやいや、これはまた面倒な話が来たぞ」と思いつつ、サトウさんに目配せする。 彼女は黙って、地図の端を指差した。そこには、かすれた筆跡で何かが書き込まれていた。
遺産分割に潜む不協和音
その空き地は、十年前に亡くなった老人の所有物とされていた。 だが、相続登記もなされておらず、現在の権利関係が不明確だ。 しかも、遺産分割協議書には「区画八番地」などと、謎の表記が含まれていた。
存在しないはずの家屋番号
法務局の登記簿を照会しても、八番地という地番は見つからない。 どうやら、何らかの理由で「地図から消された土地」のようだ。 そんな都市伝説みたいな話、本当にあるのか?と僕は額を押さえた。
サトウさんの静かな疑念
「不動産業者の図面には、八番地が存在しています」 サトウさんはそう言って、三年前のパンフレットを机に置いた。 どうやら、その土地は一度だけ販売リストに載った後、忽然と姿を消している。
隣人の証言と記憶の齟齬
現地を訪れると、隣人の老夫婦がぽつりと言った。 「あの土地?昔は誰か住んでた気もするけどねぇ…夜になると声がしてね」 この辺りから話が『地縛霊』『出るらしい』という不穏な方向に傾いてくる。
土地台帳と登記簿の矛盾
役所の土地台帳には、明確に「空地」と記載がある。だが、昭和の地図には平屋が一軒記されていた。 つまり、昔は家があったが、その後何らかの理由で消されたということか。 僕は台帳の余白に、赤線で囲まれた一画を見つけた。それはまるで、封印のようだった。
地番を辿る幽霊の足跡
その地番を追っていくと、謎の個人名義が浮かび上がった。 しかもその人物は、五年前に死亡し、相続人不在のまま放置されていたのだ。 まるで、土地そのものが誰にも気づかれず、時間の中に埋もれていたようだった。
区画線の向こうからの視線
夕暮れ時、もう一度現地を訪ねると、フェンス越しに子どもらしき姿が見えた。 だが、周囲にそんな子どもはいないという。まさか、幽霊…? いや、さすがに僕もそんなものは信じない。たぶん疲れてるだけだ。
司法書士シンドウの過去との接点
調査を進めるうちに、件の亡くなった名義人は、僕が研修時代に出会った依頼者の兄だったと判明する。 彼は兄の不正登記を告発しようとしていたが、ある日突然姿を消したという。 「やれやれ、、、まさかこんな形で過去に再会するとはな」僕はつぶやいた。
空き地の下に埋もれた名義
最終的に、その土地は未登記のまま使われており、名義人の死亡により放棄された形だった。 必要なのは、相続財産管理人の選任と職権による相続登記。 書類を整えながら、僕はやっぱり人の記憶より登記のほうが信用できるな、とぼやいた。
サトウさんの冷静な推理
「つまり、土地を幽霊が守っていたわけではなく、ただの登記漏れと放置でしたね」 サトウさんは淡々とまとめる。まるで怪盗キッドの種明かしのようだった。 ただ、その言い方がどこかサザエさんの波平に似ていて、僕はちょっと笑ってしまった。
亡霊の正体と登記の罠
依頼人に報告すると、どこかほっとしたような表情を浮かべていた。 「よかった、あそこに霊なんていなかったんだ…」と安心した様子だったが、 実は彼自身が登記のミスを故意に黙っていたことは、僕たちだけの秘密にしておくことにした。
やれやれ日常に戻るための登記申請
役所へ提出した申請書の控えを見つめながら、僕は肩を回した。 「やれやれ、、、また一つ、書類の山が増えたな」 その隣でサトウさんは、既に次の依頼の資料をまとめていた。容赦ない。