朝一番の来訪者
開店前の不動産屋を訪ねた理由
「シンドウ先生、朝からすみません……どうしても今日、急ぎで相談したいことがありまして」と、男は帽子を取って頭を下げた。場所は駅前にある小さな不動産屋。看板は色褪せ、どこか物寂しい。
依頼人の手には一枚の契約書。彼が購入したという空き家の登記が、実際には済んでいなかった。しかも、その家にはもう一人の「所有者」が現れたというのだ。
「重ねて売られている……?」私は静かに問い返した。
売買契約のズレ
登記と実態の奇妙な食い違い
契約書にはたしかに売買成立と書かれていた。だが、登記簿にはその名はなかった。そこに記載されていたのは、五年前に亡くなった男性の名前。
「え?でも、不動産屋は名義変更済みって……」と、依頼人は困惑していた。
サトウさんが小さくため息をついた。「典型的な登記未了案件ですね。でも、これは……ただのミスじゃなさそうです」
登記簿の余白
なぜか抜け落ちていた所有権の記録
謄本を精査していくと、あるべきはずの「原因及びその日付」の欄が空白だった。これは通常あり得ない。
「わざと抜かれたのか、それとも最初から記載がなかったのか……どっちにしろ、これじゃ司法書士の出番ですよ」と私は肩をすくめる。
「やれやれ、、、また余計な仕事が増えたな……」私は心の中で愚痴をこぼした。
空き家の裏にあった物置
現地調査で見つかった不自然な物証
現地を訪れると、家屋は手入れもされず荒れ放題だったが、不思議と玄関の鍵は新しかった。
裏に回ると、古びた物置に南京錠がかかっていた。依頼人は知らなかったらしい。「前の所有者のものですかね?」
鍵を壊して開けると、中から出てきたのは山積みの書類と……昔の登記申請書類が一式。
サトウさんの推理メモ
沈黙の登記簿が語るもの
事務所に戻ると、サトウさんはすでに調査を終えていた。「先生、やっぱりこの不動産屋、他にも似たケースをいくつか抱えてました」
彼女のパソコンには、過去に売買された他の物件の登記履歴が並んでいる。
「つまり、彼らは名義変更せずに、登記を先延ばしにして、複数人に売っていた。詐欺まがいのやり口です」
かつての所有者の影
名義変更されなかった理由
謄本には、死亡の記録がなく、相続登記も未了のままだった。どうやら前の所有者の家族が海外にいたため、手続きがされていなかったらしい。
「でも、それを逆手に取って、業者が物件を“便宜的に保有”して売っていたわけですね」とサトウさん。
「相続人が帰国してこれを知ったら、大揉めですよ……」私は頭を抱えた。
三度目の売却と一通の手紙
売主が隠していた最初の取引
見つけた古い封筒の中に、最初の売買契約書が入っていた。日付は七年前。そこには明らかに別の名義人の署名が。
「つまり、今の依頼人は三人目の“買主”というわけですか……」私は思わず天井を仰いだ。
「それって、サザエさんの三河屋さんが同じ魚を何回も売りつけるようなもんじゃないですか?」と、サトウさんがぼそり。
偽造された委任状
そこにあったはずの印影
決定打となったのは、一通の委任状だった。だが、押印された印影が、法務局に登録された実印と違っていた。
「これは……スキャナでコピーして貼ったやつだな」と私は言い、光に透かして見せた。
依頼人の顔が青ざめた。「まさか、全部……偽物だったんですか?」
やれやれ司法書士の出番です
登記の力で暴かれる過去
不動産屋には既に捜査が入り、登記偽造の疑いで事情聴取が始まっていた。私たちは速やかに登記回復のための申立てを行う。
「やれやれ、、、結局、地味な紙の記録が一番正直だってことだよな」と私はつぶやいた。
サトウさんは無言で頷いたが、どこか満足そうな顔だった。
真実は登記簿の中に
司法書士が語る結末
裁判所は登記の回復を認め、依頼人は無事に所有権を取得した。ただし、今後数年は元の所有者の相続人との調整が続くだろう。
「紙一枚で家が動くんだ。こわい世界だよ、ホントに」と、私は再び肩を落とした。
それでも、誰かの生活の基盤を守るのが、自分の役割だ。私は今日もまた、書類と格闘するのだった。