ちょっとした油断が命取り

ちょっとした油断が命取り

ほんの小さな「まあいいか」が大きな損失に

「これくらいなら大丈夫だろう」。そう思った瞬間が、一番危険だということを、私は仕事を通じて何度も思い知らされてきました。司法書士の仕事は細かい書類作業が多く、ほんの些細な見落としが、クライアントや関係者全体に影響を及ぼします。私自身、何度も「一文字の間違い」で補正を受け、ヒヤリとしたことがあります。特に慣れが出てきた頃が要注意で、経験があるという自信が油断に変わり、トラブルを招くことになるのです。

書類の確認を怠った結果、思わぬトラブルに

ある日、相続登記の依頼を受けて、被相続人の戸籍を集めているときのこと。作業が多忙を極めていた私は、コピーをチェックせずに提出書類として綴じてしまいました。結果、法務局から「戸籍の一部が不足している」と補正通知が来てしまい、依頼者に頭を下げる羽目に。確認を怠ったのはたった1回。それが一週間分の遅れと信頼の低下につながりました。こうした“ちょっとした確認不足”が、積もり積もって命取りになるのです。

つい見逃した印鑑のズレが招いた補正通知

よくあるのが、実印のズレです。不動産売買の決済時、印鑑証明と印影が少しだけズレていた案件がありました。依頼者も不動産業者も気づかずに進めてしまい、申請後に法務局から戻されたときには、もう時間がありませんでした。再度面談を設定し直し、書類を作り直し、全員の予定を再調整。この一件で「きちんと見てなかったのか」と不信感を持たれました。印鑑ひとつでも確認を怠れば命取りになると痛感しました。

法務局の厳しさに慣れてしまった頃が一番危ない

法務局とは毎日のように付き合っていますから、「この程度なら大丈夫」という勘が勝手に働いてしまいます。でも、それが一番危険。最近、ある登記で“通称”の扱いについて「慣れ」で処理してしまい、申請が却下されました。自分では過去にも通ったパターンだと判断していたのですが、担当官が変われば見解も変わることがある。この仕事では「例外」は存在しないと心得るべきだと、身をもって学びました。

不動産業者とのやり取りで信用を失った話

昔から付き合いのある不動産業者から「先生、前と同じ形式でやってください」と言われて、ろくに確認もせずに書類を進めてしまったことがあります。ところが、今回の売主は共有名義で、相手の了承が得られていない部分があり、法務局で指摘されてストップ。結果的に、業者から「やっぱりちゃんと見てほしかった」と言われ、紹介が途絶えました。気心の知れた相手ほど、油断してはいけないのだと反省した出来事です。

「大丈夫です」は大丈夫じゃないことが多い

「大丈夫です」と言われると、ついそのまま信じてしまいます。ですが、依頼者の「大丈夫」はあくまで主観的なもので、法務局の「大丈夫」とは一致しません。実際に、委任状の有効期間を勘違いしていた依頼者のせいで、登記が間に合わなかったことがありました。事前に私が一言「期限、確認させてください」と言っていれば防げたのです。相手任せにせず、自分の目で確認する。これが基本中の基本です。

忙しさに流されるとミスに気づけない

繁忙期には、午前中だけで面談3件、午後から書類作成が6件、さらに電話対応もひっきりなし。そんな日が続くと、確認作業は「余裕があれば」という扱いになりがちです。でも、時間がないときほど見直しが必要なんです。忙しいからこそ、基本に立ち返ることが重要なのに、それができずに結局ミスを招く。悪循環ですね。

事務員任せにしてしまった登記申請の落とし穴

あるとき、事務員が補正対応をやってくれるというので、つい甘えて任せてしまいました。彼女は本当に優秀なのですが、専門的な判断まではできません。その申請、補正箇所の記載が不十分で再補正となり、最終的には私が法務局に呼び出されてしまいました。任せるべきところと、責任を持って自分がやるべきところをきちんと見極めなければならない。人に頼ることと、責任を放棄することは違うのです。

チェック体制が甘くなると全員が不幸になる

チェック体制が形だけになってしまうと、結局みんなが困ることになります。依頼者も、不動産業者も、司法書士も。あのとき、ダブルチェックを導入していれば、少なくとも見落としは防げたかもしれません。ひと手間を惜しまずに「全員が一度立ち止まって確認する」仕組みがあるだけで、トラブルはかなり減るはずです。効率化の名のもとに省いてしまった確認工程が、あとで高くつくのがこの仕事の怖さです。

朝のバタバタが一日を狂わせることも

朝から電話が立て続けに鳴り、メールも溜まっていて、気づけば出発の時間ギリギリ。そんな日は、決まって何かを忘れています。書類を一枚カバンに入れ忘れた、印鑑を持ち忘れた、そんなミスが後を絶ちません。朝のルーティンを整えておくこと、自分なりのチェックリストを必ず見直すことが、油断防止の第一歩だと思っています。

集中できる時間をどう確保するか

結局、集中して確認作業ができる「静かな時間」を作れるかどうかがカギです。私の場合、朝の1時間だけは事務員にも連絡を入れず、電話も取らないようにしています。その時間にだけは、集中して書類の確認や段取りをこなすようにしています。1時間を確保するだけで、その日の仕事の精度がまったく変わってくる。油断しない体制づくりには、こうした「自分ルール」が効果的なのかもしれません。

「慣れ」が一番怖いという現実

経験を積めば積むほど、「これはこうだから」「前もそうだった」と思い込んでしまうことが増えてきます。でも、それが一番危ない。新しい担当者、新しいルール、微妙なケースの違いなど、毎回「ちょっと違う」が存在しているのが現場です。慣れは安心感をくれる一方で、柔軟な視点を奪ってしまう。だからこそ「初心」を意識することが大事だと、自戒を込めて言いたいです。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。