書類整理してるほうが落ち着くのが問題

書類整理してるほうが落ち着くのが問題

気づいたら机の上がきれいになっている日

忙しさに追われているはずなのに、ふと気づくと私は書類をきれいに整えていたり、封筒のサイズをそろえて並べていたりする。やるべき案件は山積みで、電話も鳴るし、メールもたまっている。でも、気持ちはなぜか書類整理のほうへと向かってしまう。これは単なる現実逃避なのか、それとも心の安定を求める無意識の行動なのか。いずれにしても、「書類を整理していると落ち着く」自分がいることに、少しばかりの不安を感じる。

問題は「落ち着く」ことにあるのかもしれない

誰かにとっては単なる業務の一部である書類整理も、私にとっては心を保つための儀式のようなものになっている。実際、イライラしているときほどファイルにラベルを貼ったり、古い書類を整理したりしたくなる。頭を使う仕事や人との交渉よりも、「正解が決まっている作業」に逃げている感覚があるのだ。だからこそ、「落ち着いている自分」に安心してしまい、本来向き合うべき仕事から目をそらしているのではないかと思ってしまう。

数字や期日よりも、整った引き出しに安心する日々

書類整理は仕事の一部として大切だ。しかし、問題はその比重だ。本来は登記の申請やお客様との打ち合わせ、依頼の確認といった「頭と心を使う仕事」に時間を割くべきところを、私は整頓された引き出しに逃げ込んでいる。気づけば、「今日はこれだけきれいにした」と自分を納得させていることがある。それで本当に一日を終えて良いのか。問いかけながらも、また封筒を並べてしまう自分がいる。

本当に心が求めているものは何なのか

なぜ「書類整理してるほうが落ち着く」のか。それは、本当は「心が乱れている」からではないか。人と向き合うこと、トラブルと対峙すること、責任を背負うこと。それらを避けるために、私は無意識に自分を安心させる作業に没頭しているのかもしれない。そう思ったとき、私はただ整理整頓が得意な人間なのではなく、乱れた心を整えようとしていたのだと気づいた。そして、それが「問題」なのだと。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。