登記簿に眠る約束

登記簿に眠る約束

登記簿に眠る約束

朝のコーヒーをすすっていると、玄関のチャイムが鳴った。時計はまだ午前八時をまわったばかり。予告なしの訪問者は、大抵ロクなことがない。コートの襟を立てた初老の男が立っていた。

「相続のことで、どうしても相談が……」と男は切羽詰まった口調で言う。書類の束を抱えていたが、手元が震えているのがわかった。まるで『次回予告!この謎、司法書士にしか解けない!』みたいな雰囲気だった。

朝一番の来訪者

名前は田村。亡くなったはずの兄の土地が未だ登記簿に載っていて、しかも最近誰かがその土地を勝手に使っているという。警察に行くには証拠が乏しく、弁護士に頼むにも大ごとすぎる——そんな時こそ、僕の出番なのだろうか。

やれやれ、、、また厄介なやつが転がり込んできた。コーヒーが冷めていくのを感じながら、資料に目を通した。

奇妙な相続相談

登記簿を見ると、確かに土地の名義は「田村太一」。彼の兄の名だ。しかし、その登記には特異な点があった。相続ではなく「売買」で名義が移ったような記録が途中に挟まっていたのだ。

しかし、その売買の相手も同姓同名の「田村太一」。一体どういうことだ。過去の登記申請書も見てみる必要があると感じた。

不一致の登記内容

法務局の閲覧室で、閲覧申請を出した。昭和の後期に一度、名義変更がされていたことはわかっていたが、その時の資料が出てきたとき、妙な違和感を覚えた。

「この字、妙に丸っこいですね」と隣で呟くサトウさん。あいかわらず観察眼が鋭い。

現地調査と空き家の真実

問題の土地に行ってみると、ボロボロの平屋がぽつんと建っていた。だが玄関の表札には「佐藤」とある。田村家のはずでは?

中をのぞくと生活感があった。無断使用か、それとも正当な住人か。少なくとも、何かを隠している気配はあった。

昔の名義と今の住人

隣人の話を聞くと、どうやら「佐藤さん」は数年前にこの家を買ったらしい。しかしその売買契約書には、田村兄の名があったという。つまり、亡くなっていたはずの男が数年前に登記を行ったことになる。

「幽霊売買、ですか?」とサトウさん。サザエさんの波平でもそんな契約しないだろう。

サトウさんの仮説

事務所に戻ると、サトウさんは無言で書類を差し出した。そこには、相続登記に必要な法定相続人の一覧と、それを否定する書き込みがあった。

「たぶんこの『田村太一』、兄じゃなくて甥っ子ですよ」と、冷たい口調の中に確信がにじんでいた。

手書きの名義変更申請書

登記申請書を拡大して見ると、筆跡は本人ではなさそうだった。しかも捺印の印影が、過去のものと違っている。これは明らかに偽造だった。

「誰かが、田村兄の名を使って勝手に書類を出したってことです」とサトウさんは言う。甥か、それとも別の誰かか。

サザエさん一家のような家族構成

田村家の戸籍を調べていくと、まるでサザエさん一家のように複雑な関係が浮かび上がった。養子縁組、婚外子、離婚と再婚。波平もびっくりの登場人物だらけだった。

その中に、一人だけ相続権を持たないと思われていた人物がいた——田村の姪、香織。彼女がキーマンになるかもしれない。

古い契約書の罠

調査の末、香織の部屋から一枚の契約書が見つかった。それは昭和の終わりに作成されたもので、「売買」ではなく「使用貸借」と書かれていた。

つまり土地は貸されていただけで、売られたわけではなかったのだ。今の住人はその嘘の契約で購入したことになる。

司法書士の署名が偽造?

更に驚くことに、その古い契約書には司法書士の署名があった。だが、それは僕の師匠の名だった。もう亡くなっている人間に罪は問えない。

「でもこれ、先生の字じゃないですよ」とサトウさん。どうやら、当時から偽装が始まっていたらしい。

すれ違う二人の依頼人

結局、田村と名乗っていた男も、香織に頼まれて動いていただけだった。彼もまた、家族の過去に振り回されていた哀れな一人にすぎなかった。

相続とは、時に人の欲と悲しみを浮き彫りにする。あの空き家は、その象徴のようだった。

法務局での対決

僕は、過去の偽装を証明する資料をまとめて法務局に提出した。担当の登記官は渋い顔をしながらも、一つひとつ確認を始めた。

「これは再登記の対象になりますね……」と呟いたとき、僕はようやく肩の力が抜けた。

登記官の不可解な態度

だが一人の登記官が最後まで腑に落ちない顔をしていた。「この契約書、見た記憶があります」と言ったのだ。

彼は、十年前に一度だけ、この土地の仮登記に関する問い合わせを受けていた。その時も署名が怪しかったらしい。

公図に隠されたもう一つの地番

最終的な決め手となったのは、公図に書かれた「二筆目の地番」だった。誰も気にしていなかったその一筆が、実は真の所有権を示す証拠だった。

それが証明された瞬間、今の住人はすごすごと荷物をまとめて出ていった。

やれやれ、、、真相はそこか

事件が終わったあとの事務所。いつものようにサトウさんは淡々と事務作業を続けていた。僕はその隣でため息をついた。

「やれやれ、、、結局、昔の約束が今になって牙を剥くとはね」。冷めたコーヒーをすすりながら、また次の依頼が舞い込んでこないことを祈った。

サトウさんの推理が冴える

今回もサトウさんの推理がなければ、たぶん僕は途中で道に迷っていただろう。彼女は冷静に、だが確実に事実を積み上げていく。

「それが私の仕事ですから」と一言だけ言って、また黙って書類を綴じるその姿に、少しだけ尊敬の念が湧いた。

シンドウが最後に見せた執念

もっとも、最後に役所で一歩を踏み出したのは僕だ。僕にしかできないことも、まだあるらしい。

司法書士という仕事は、地味だが確かに真実と戦うことがある。やれやれ、、、今日も地味に、でも懲りずに。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓