登記簿に残された奇妙な空欄
遺産分割協議書に現れた不一致
依頼人が手にしていたのは、数年前に亡くなった父親の遺産分割協議書だった。内容は一見、問題のないものに見えたが、シンドウが登記簿と照らし合わせると、どうにも説明がつかない点がひとつあった。 そこには本来記載されているはずの共有者の名前が、一人だけ抜けていたのだ。
消えた共有者の行方
登記簿上では「所有権四分の一 山下ナツコ」とだけ記されている。だが、依頼人はナツコという親族の存在を知らないという。話を聞いているうちに、シンドウの頭の中に、少年時代に読んだ『金田一少年の事件簿』のある話が浮かんだ。 登場人物の中に、本当は兄弟なのに存在を隠されていた人物が出てくる回があったのだ。
依頼人の動揺と一通の通知書
内容証明に記された謎の一文
ほどなくして、依頼人に一通の内容証明が届いた。送り主は「山下ナツコ」と名乗る女性で、「私の持分を無断で売却しようとする動きがあると知りました。直ちに協議を求めます」と書かれていた。 依頼人はそれを見て明らかに動揺していた。「そんな人、家族にいません」と繰り返す。
サトウさんの鋭い指摘
「家族に“いない”と“いなかった”は別ですから」とサトウさんが冷静に返す。彼女はすでに登記簿の附属書類を洗っており、そこに「昭和六十三年 一時養子縁組解消」の記載を発見していた。 つまりナツコは一時的に家族だったが、その後何らかの事情で除籍されていたのだ。
廃墟となった実家に残る記憶
土地境界に隠された過去
依頼人と共に、かつての実家へ赴いた。草むらに埋もれた境界杭を掘り起こすと、そこには古びた標柱があり「山下ナツコ」と墨で書かれていた跡があった。 依頼人はそれを見て、ふいに何かを思い出したように立ち尽くした。「そういえば、幼い頃、家に女の子がいたような気がします……」
古い写真と押し入れの封筒
家の中を調べると、仏壇の引き出しから封筒が出てきた。中には、古びた家族写真が数枚入っており、幼い女の子が一人だけ赤い服を着て写っていた。他の誰とも目を合わせていないその子は、まるで存在を消されていたかのようだった。 サザエさんで言えば、いきなり登場して家族全員にスルーされる幻のキャラのような立ち位置だ。
シンドウのうっかりと偶然の発見
地番違いが導く登記簿の裏側
帰りの車中、シンドウはふと登記簿の地番を見返した。「あれ、これ地番一桁違うじゃん……」うっかり者の本領発揮だ。 だがそのミスが新たな発見をもたらした。隣接地の名義に、ナツコの名前がある登記簿が別に存在していたのだ。
旧住所に眠る真実
旧住所に登録されていたその土地は、かつて小さなプレハブ小屋が建っていたという。地元の古老に話を聞くと、「ああ、あそこには昔、変わり者の娘さんが一人で住んでてね」と語った。 孤独な生活の中で、彼女は何も主張せず、ただそこにいた。それが山下ナツコだった。
真の所有者は誰なのか
姉か弟か第三者か
サトウさんが法定相続情報一覧図を作成し、関係性を図にして説明してくれた。ナツコは父親の再婚相手の連れ子で、一時的に養子となっていたが、事情があって離縁されたという。 つまり遺産の相続人ではないが、登記簿にはその時の名義がいまだに残っていたのだ。
サインの筆跡が語るもの
さらに送られてきた書類の筆跡を確認すると、かつての実印と一致していた。つまりナツコ本人が現在も生存し、署名を行ったことは間違いなかった。 しかし、その文字にはどこか震えがあり、何かを訴えているように見えた。
司法書士の推理が光る瞬間
シンドウの反撃開始
「つまり彼女は、遺産なんてどうでもよくて、ただ“名前を消されたこと”が許せなかったんじゃないかな」シンドウはポツリと呟いた。 依頼人はその言葉を聞いて、拳を握りしめた。「たぶん、そうかもしれません」
法務局の閲覧室での気づき
翌日、シンドウは法務局で古い登記簿謄本を閲覧し、昭和の時代にナツコ名義でなされた抵当権設定を見つけた。それは、彼女が家族の借金を背負っていたことを示していた。 「やれやれ、、、こういうのは漫画の中だけにしてほしいんだが」と思わず漏らす。
事件の真相と家族の秘密
生前贈与と隠された養子縁組
調査の結果、父親が生前にナツコへ土地の一部を贈与していたことが判明した。だがそれを知らぬまま遺産分割協議が進められ、ナツコはまるで“いなかった”かのように扱われた。 それが彼女の怒りの根源だったのだ。
遺されたメモ帳の意味
実家に残されたメモ帳には、ナツコの筆跡でこう書かれていた。「私はここにいた。それだけでいい」 誰にも認められなくても、せめて名前だけでも登記に残っていてほしかった。それが、彼女の切なる願いだったのかもしれない。
やれやれの結末と静かな日常
登記訂正と依頼人の涙
シンドウは、持分の抹消登記に必要な書類を準備し、ナツコとの協議を円満に終わらせた。依頼人は最後、静かに涙を流した。「彼女がいたこと、忘れません」 その言葉に、シンドウもサトウさんも何も言わず、うなずくだけだった。
サトウさんの塩対応と微笑
「これで一件落着ですね」 そう言って笑うシンドウに、サトウさんは「やれやれ、早く次の仕事に取り掛かってください」と冷たく言い放った。 だがその口元には、いつもより少しだけ柔らかい笑みが浮かんでいた。