登記簿が暴いた家族の偽証
午前10時、事務所の扉がきしむような音を立てて開いた。秋風とともに入ってきたのは、やや憔悴した中年の女性だった。髪は乱れ、目はうつろで、何かに追われるような気配があった。
「相談があるんです。兄が家を勝手に売ろうとしていて…」と、彼女は言った。その一言で、僕の一日は静かに地獄に変わり始めた。
不審な相談者がやってきた
彼女の名は橘美智子。名義変更や相続の手続きについて知りたいと言うが、話の端々に妙なひっかかりがあった。あきらかに何かを隠している。
その場にいたサトウさんは、横目でこちらを見ながら無言で「面倒な案件」のサインを送ってきた。やれやれ、、、だ。
土地の名義が示す違和感
美智子さんが持ってきた登記簿を確認すると、ある矛盾が浮かび上がってきた。現在の名義人は兄の「橘良明」となっているが、相続による名義変更の記録が抜けている。
つまり、父から兄に直接名義が移っている。だが、美智子さんの話では、相続人は兄妹ふたり。単純な相続では済まない何かがある。
サトウさんの冷静な指摘
「この書類、提出日が妙にずれてますね」 サトウさんが静かに指摘した。彼女の指差す日付は、父親の死亡届が出された翌週だった。通常より早すぎる。
僕はその場で思った。これ、怪盗キッドならぬ“怪登記キッド”でも関わってるんじゃないのか、と。
姉の証言と弟の沈黙
後日、兄・良明氏にも事情を聞いた。彼は終始無言を貫いたが、手元で握りしめていたボールペンが震えていた。
姉妹の話と兄の態度が食い違う。表面的には合法なはずの登記だが、実際には何かの工作が行われている気配が濃厚だった。
離婚届と登記の空白期間
調査を進めるうちに、良明が父の死後すぐに離婚していたことがわかった。しかも、その離婚の直前に登記が行われている。
つまり、離婚によって財産分与を免れるために、一時的に不動産を移した可能性が浮上した。家族の中に“敵”がいるのだ。
隠された養子縁組の記録
さらに戸籍を洗ったところ、良明には隠し子がいた。しかも父親と養子縁組を結んでいた痕跡がある。
その子は現在成人しており、相続権を持っていた。サザエさん一家で例えるなら、波平の隠し子がいたような話だ。
役所の職員が語った裏事情
市役所の窓口で、以前対応したという職員に話を聞いた。「ああ、あのときは急いでましたよ。『すぐ出さないとまずい』って言ってましたからね」
ますます怪しい。相続手続きを急ぐ理由が、法的ではなく私的な事情によるものだとすれば、偽証の可能性が高まる。
昔の住所に残された痕跡
旧住所の家を訪れると、すでに空き家になっていた。しかし、ポストには手紙が山積みで、新聞受けには一通の封書が挟まっていた。
差出人は「佐々木法律事務所」。相続放棄に関する手続きの案内が記されていた。それは、誰かが意図的に相続から除外された証拠だった。
真実をつなぐ登記事項証明書
全てのピースをつなぐのは、やはり登記事項証明書だった。そこに記されていた「職権登記」の文字が全てを物語っていた。
誰かが、相続人の署名を偽って登記を完了させたのだ。この時点で、司法書士として動かざるを得なかった。
サトウさんの容赦ない推理
「全部兄がやったんでしょう。登記も、養子縁組も、放棄書類も彼の筆跡。比較したら一目瞭然です」
いつもながらの塩対応で、彼女は冷ややかに言い放った。彼女にだけは“怪人二十面相”も逃げきれないだろう。
やれやれ、、、証拠は全て出揃った
結局、僕は関係書類を整理し、家庭裁判所への提出準備を進めた。サトウさんは無言でファイルを積み上げていく。
やれやれ、、、どこまでも家族ってのは面倒なものだ。しかも金が絡むと、人は変わる。まるで推理漫画の悪役みたいに。
裁判所へ提出された遺言書の罠
さらに調べると、父の遺言書も偽造されていたことが判明した。形式不備が多く、第三者の証人も記載されていなかった。
それが、すべての動機だった。兄はすでに家庭崩壊していた自分の家族を守るため、他の相続人を排除しようとしたのだ。
偽証の動機とその代償
裁判所は調停を経て、登記の無効と養子縁組の不成立を認めた。良明には刑事罰はなかったものの、多額の損害賠償を命じられた。
彼の動機は「家を守りたかった」だった。しかし、家とは名義ではなく、そこで育まれる関係性のことなのだ。
書類の一枚が変えた家族の運命
最終的に、美智子さんとその姪がその家に住むことになった。父の遺志がどうであれ、真実は記録のなかに眠っていた。
一枚の登記簿が、それを静かに語っていた。
司法書士としての静かな決着
その日の帰り道、僕はファミレスでハンバーグ定食を食べながら、ふとサザエさんの主題歌を口ずさんだ。
「お魚くわえたどら猫〜♪」 事件の後も、日常は続く。今日もまた、誰かの家庭の裏側に、司法書士の出番が眠っている。