書類は進むのに恋は進まない
司法書士という仕事は、正確さとスピードが求められる。書類の山をひたすらさばく日々に慣れてくると、不思議なことに“進める力”だけは鍛えられていく。でも、それが通用しないのが恋愛だ。いくら書類を迅速に処理しても、気になる人との関係はまったく進展しない。むしろ後退しているようにさえ感じる。仕事は順調なのに、なぜか心は満たされない。そんな矛盾を抱えたまま、また一日が終わる。
仕事は山積み、気づけば夜
朝、事務所のシャッターを開け、気づけば夜。書類とにらめっこしているうちに一日が過ぎていく。恋愛なんて考える余裕もない。いや、考えることはあるけど、実際に動こうとはしない。動いたところでどうなる?という自問自答に疲れ果ててしまうのだ。結局、今日も事務所のパソコンとだけ向き合って終わってしまった。
事務所に灯るのは自分のPCの明かりだけ
外はすっかり暗くなっているのに、事務所だけがぽつんと明るい。PCのモニターが照らす顔は、やつれた中年男のそれだ。隣に笑ってくれる誰かがいれば、と思ったこともある。でも、その“誰か”と出会う機会がない。恋愛って、出会いから始まるはずなのに、そもそもスタートラインにすら立てていない。
誰かと過ごす時間、あったっけ?
ふと手帳をめくってみると、びっしりと仕事の予定ばかり。誰かとご飯を食べた記憶なんて、もう何ヶ月前か思い出せない。食事も一人、休日も一人。それが当たり前になってしまっていて、誰かと過ごすという発想すら忘れかけている。だからといってこの状況を心地よいと感じているわけでもなく、どこか虚しさがつきまとう。
「また今度」って、いつなんだ
以前、意を決して食事に誘った女性がいた。仕事で関わった方で、少し話が弾んだこともあって勇気を出して「今度、よかったらご飯でも」と言ってみた。返ってきたのは「また今度ですね」の一言。今でもその言葉を覚えているけど、「また今度」は二度と来なかった。その一言がずっと心に残っていて、それ以来誰かを誘う勇気が出ない。
気になる人はいたけれど
一人の女性が頭に浮かぶ。控えめで、笑顔がやわらかくて、話すとちょっと安心するような人だった。でも、その気持ちを伝えることも、近づく努力をすることもできなかった。もし何かが変わったらと思うけれど、その“何か”が何なのかもわからないまま、時間だけが過ぎてしまった。
LINE一通送る勇気も出ないまま
スマホの画面を開いて、連絡先一覧にその人の名前を見つける。メッセージを送ろうかと指が動くが、結局「今さら何を?」という声が頭に響いてしまい、画面を閉じる。恋愛って、こんなに難しかったっけ?司法書士の試験よりも、難関な気がしてくる。
優しさが仇になる場面もある
自分では、気遣いができる方だと思っている。でも、それがかえって恋愛では裏目に出ることが多い。相手の気持ちを考えるあまり、自分の想いを伝えることができない。傷つけたくない、嫌われたくない、そんな気持ちばかりが先行して、結局何もしないまま終わってしまうことが多い。
遠慮しすぎて距離だけ広がる
相手の反応を気にして、踏み込めない。相手が困るかも、迷惑かも、そんな不安がよぎって言葉が喉で止まる。そして時間だけが過ぎて、いつの間にか距離ができている。気づけば、連絡も取らなくなり、思い出すのは「もっと早く言えばよかった」という後悔だけ。
自分を責めて、また一人
仕事で失敗してもある程度は割り切れる。でも、恋愛に関しては失敗する前に自分を責めてしまう。そもそも挑戦していないから失敗ですらないのに、「どうせうまくいかない」と決めつけて逃げているだけ。それがわかっているからこそ、余計に自分が情けなく思えてくる。
「なんでできないんだろう」って思う夜
何も難しいことをしようとしているわけじゃない。ただ「会いたい」「一緒に過ごしたい」と思っているだけ。でも、それすらも行動に移せない。自分の中のブレーキが強すぎて、一歩が出ない。それがもどかしくて、夜になると一人反省会が始まる。
恋愛経験値、司法書士歴に換算できないか
司法書士としてのキャリアはそこそこある。若い頃に頑張ってきた自負もある。でも、その経験値は恋愛には一切換算されない。年齢を重ねたぶんだけ、恋愛における“初心者感”が浮き彫りになってしまっている気がしてならない。
そもそも出会いがなさすぎる
地方の司法書士事務所という環境は、出会いに恵まれているとは言いがたい。日々関わるのはクライアントか関係士業、もしくは役所の職員。恋愛に発展するような出会いは、ほとんどない。気づけば毎日、同じ顔ぶれと仕事の話ばかりしている。
平日は事務所、土日も書類整理
「土日くらいは休めばいいのに」と言われるが、結局気になる案件を片付けているうちに週末も潰れてしまう。仕事を放っておけない性分が恋愛を遠ざけているとわかってはいるのに、それでもつい手が書類に向いてしまう。恋より仕事を優先しているというより、恋をどう始めればいいかわからないのだ。
合コン?紹介?都市伝説かな
昔は友達に合コンに誘われたこともあった。でも、40代半ばになってからはそんな声もかからなくなった。そもそも周囲の友人たちはみな既婚。誰かを紹介してくれるような流れもない。恋愛のきっかけがまるでないことに、少し焦りと諦めが混ざっている。
結婚相談所にすら踏み出せない
「相談される側」だった人生で、「相談する側」になるというのは思った以上にハードルが高い。結婚相談所のサイトを見たこともあるが、結局“登録”ボタンを押せなかった。情けないけど、それが現実だ。自分のことになると、どうも及び腰になってしまう。
「相談する」のが得意な職業のはずなのに
司法書士は、人の悩みに寄り添い、法的なアドバイスをする仕事だ。でも、自分の悩みを誰かに相談するとなると急に不器用になる。他人のことなら冷静に判断できるのに、自分のこととなるとまるでダメ。皮肉な話だ。
なぜか自分のことになると口が重い
「一人でいるのが好きなんでしょう?」と聞かれることがある。でも、そうじゃない。ただ、誰かに踏み込まれるのが怖いのだ。相手に嫌われたらどうしようとか、情けない自分を見せたくないとか、いろんな思考が邪魔をする。そして、また黙ってしまう。
ちょっとした勇気、それが一番の難題
人生を変えるのは、大きな決断ではなく、小さな一歩だとよく言う。でもその“一歩”が踏み出せない人間もいる。たった一言のLINE、たった一回の誘い、それすらもできない自分がここにいる。恋愛って、こんなに怖かったっけ。
登記申請より難しい「一緒にご飯行きませんか?」
登記申請書は一文字ミスも許されないけれど、慣れてしまえば書けるようになる。でも、「一緒にご飯行きませんか?」という一言は、何度練習しても口から出ない。下書きは完璧でも、提出できない申請書みたいなものだ。
恋愛は申請書みたいに整えられない
どれだけ準備しても、相手の気持ち次第でうまくいかない。それが恋愛の難しさだ。完璧に整った“提出書類”なんて存在しないし、正解もない。ただぶつかって、傷ついて、また考えて。その繰り返しが怖くて、つい足を止めてしまう。
でもたまに夢を見る
そんな自分でも、ふとした瞬間に誰かと寄り添っている夢を見る。日常の中にふいに現れるその情景に、心が揺れることがある。もしかしたら、いつかは…。そんな淡い希望だけが、今日も自分を支えてくれている。
となりで笑ってくれる誰かの存在
忙しい日々の中、コーヒーを飲む一瞬に、ふと誰かの存在を想像することがある。その人が隣で笑ってくれるだけで、どれだけ心が軽くなるだろう。現実にはいないけれど、その想像だけでちょっとだけ前を向ける。恋愛に奥手すぎる自分でも、まだ終わっていない気がしている。
こんな日々にも、春は来るのだろうか
桜が咲く季節になると、毎年同じように思う。「今年こそは」と。それがもう何年目になるのかは、正直覚えていない。でも、希望は捨てていない。出会いの形が変わっても、自分のままでいられる恋がどこかにあるのなら、きっといつかたどり着ける。そんな日を夢見て、今日もまた仕事に向かう。