境界線の先にいた影

境界線の先にいた影

朝の電話と依頼人の戸惑い

「あの、土地の境界がなくなったんです」。
朝一番の電話は、どこかうわずった男の声だった。
私はコーヒーを飲みかけた口を止め、意味のわからないその言葉に眉をひそめた。

境界線が消えた土地の謎

依頼人の話によると、祖父から相続した土地の境界線を示す杭がすべて抜かれ、地面が不自然に均されていたという。
確かにそんなことがあれば、隣地との紛争になりかねない。
私は地番を控え、午後に現地へ向かうことにした。

依頼人が見た不審な立札

現場に到着すると、整地された地面の真ん中に「売地」とだけ書かれた手作りの立札が立っていた。
だが依頼人はそんな許可を出した覚えがないという。
それどころか、最近この土地には誰も入っていなかったはずだった。

調査開始と地積測量図の罠

私は事務所に戻り、登記簿と地積測量図を取り寄せた。
しかし、地積測量図には不自然な空白がある。
境界点の一部が「測量不能」とされており、しかも隣地の情報がまるごと欠けていた。

地番はあるのに境界がない

通常、地番があればそれに基づく筆界が存在する。
だがこの土地は、まるで境界線だけがこっそり消されたようだった。
私は妙な既視感を覚えた。

古地図にだけ残る線

ふと思い立ち、法務局に残されていた昭和初期の公図を確認した。
そこには、今の地図にはない細い赤線が引かれていた。
それはまるで、消されたはずの境界線が「まだここにいる」と囁いているようだった。

登記簿と名義人の不在

さらに調査を進めると、隣地の登記簿には相続登記がなされておらず、名義人はすでに二十年前に亡くなっていた。
その土地は長らく放置され、誰の手にも渡っていない状態だった。
まるでそこだけ時間が止まっていたようだった。

二十年前の相続登記の抜け

私は相続関係図を作成し、唯一の相続人に接触を試みた。
すると、かつてその土地を「売ってしまった」と思っていたらしい。
どうやら、書類の不備で正式な売買が成立していなかったようだ。

名義人は既に死亡していた

死亡届は出されていたが、登記が更新されていなかったために名義は宙に浮いていた。
しかも、例の「売地」の立札は、その相続人の親族が勝手に立てたものだった。
そこには意図的な売却の意思も、書面の裏付けもなかった。

サトウさんの冷静な指摘

「これ、測量図じゃなくてスキャン画像だけ残ってますよ。原本は?」
淡々とした口調で、パソコンを覗き込んだサトウさんが言った。
私は書類棚をあさりながら「やれやれ、、、」と漏らした。

地目の変更申請に潜む意図

さらに彼女は、「この地目、雑種地に変わってます」と指摘する。
相続人の親族が無断で地目変更を申請し、利用権を装って売却を進めようとしていた。
これは明らかに登記の悪用だった。

意外な場所にあった筆界確認書

使われていないキャビネットの奥から、十年前の筆界確認書が出てきた。
そこには、きっちりと杭の位置が記されていた。
私は、かすかに笑った。これで一手、指せる。

シンドウのうっかりとひらめき

私は封筒を取り違えて、市役所に無関係な書類を提出しそうになった。
その拍子に、茶封筒から一枚の地積更正登記の写しが滑り落ちた。
まさにそれが決定打だった。

まちがえた茶封筒の中身

茶封筒には、かつて隣地の所有者が作成し、出し忘れていた登記申請書の控えが入っていた。
それには、筆界確認済みの印と、署名捺印まで揃っていた。
これで、隣地との境界は明確になる。

やれやれ、、、またかと思いつつも

ひと息ついた私は、ソファに沈み込みながらつぶやいた。
「やれやれ、、、土地ってのは、持ってるだけで事件の種だな」
サトウさんは無表情のまま、目だけで頷いた。

隣人トラブルの真相ともう一人の登場人物

実は、境界線の騒動はすべて、売却益を得ようとした親族の独断によるものだった。
本来の相続人はまったく関与しておらず、問題を知ってすぐに謝罪してきた。
人間関係の境界もまた、線を引き直す必要があるのかもしれない。

主張されなかった境界と隠された動機

立札を立てた男は、過去に依頼人の父と金銭トラブルがあったことが分かった。
復讐心から土地の境界をあえて消すことで、トラブルを引き起こそうとしたようだ。
だが、法の下ではその感情も無力である。

土地に埋もれた古い契約書の存在

さらに発見された古い契約書には、境界確認と測量の履歴が詳細に記されていた。
これは、依頼人にとって最も強力な武器になった。
登記の力が、人の心を救うこともあるのだ。

司法書士としての最後の一押し

私は全ての書類を整え、地積更正と名義変更の登記を完了させた。
土地の境界線は、法的にも視覚的にも元通りになった。
こうして、一件落着。

境界復元の申請書に真実を添えて

私は最後に、筆界確認書を添えた申請書を提出した。
そこには、土地の過去と未来を繋ぐ証があった。
うっかり拾った書類が、事件を解決に導いたのは皮肉だ。

依頼人の笑顔と隣人の謝罪

依頼人は深々と頭を下げた。
その背後で、立札を立てた親族も静かに謝罪していた。
言葉は少なくとも、境界は確かに引かれたのだった。

事件の幕引きとひとときの余韻

事務所に戻ると、机の上にはまた書類の山。
サトウさんがコーヒーを無言で置き、「封筒、ちゃんと分けてください」とだけ言った。
私は小さくため息をつき、コーヒーをすすった。

塩対応サトウさんのほんのひとこと

「今日は、ミスしてないですよね?」
「たぶんな、、、いや、たぶんはやめとこう」
そう言って、私は机に向かい直した。

今日も机の上は書類の山

明日もまた、誰かの境界線が揺れるかもしれない。
それでも私は、この机の前に座って、線を引き直す仕事を続ける。
司法書士という職業の地味で、しかし確かな誇りとともに。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓