気軽な相談が気軽じゃなかった件

気軽な相談が気軽じゃなかった件

気軽な相談って、誰にとって「気軽」なんでしょうか

「ちょっといいですか?」という言葉に、私はいつからか身構えるようになった。地方の司法書士として事務所を構えて十数年、それなりに地域に顔が知られるようになってきたからだろうか、見知らぬ番号からの着信も、道端での声掛けも、たいてい「ちょっと相談があって…」で始まる。ところが、その「ちょっと」が本当にちょっとで済んだためしがない。下手をすれば1時間コース。中には「これ、訴訟の話ですよね…?」と思うような重たい内容を、コンビニ帰りにぽんと投げられる。気軽に相談できる存在でありたいとは思っていた。でも、どうやらそれは「誰にとって」かで全然意味が変わってくるらしい。

「ちょっと聞きたいんですけど…」の重さ

よくあるのは、「相続のことで、ちょっとだけ教えてほしいんですが…」という入り方。こちらも油断して「どうされました?」と聞き返すと、そこからが本番。兄弟が複雑に絡む遺産分割の話だったり、親が認知症になったあとの財産管理の話だったり。ちょっとじゃない、これは完全に業務レベルの話じゃないかと思うことばかり。しかも、その相談者は「話を聞いてくれたからこれでだいぶスッキリしました!」と笑顔で帰っていく。こっちは心の中で「…こっちは全然スッキリしてないんですけど」と毒づくしかない。気軽にされることで、こちらのリソースだけが削られていくような感覚に、正直うんざりしてしまう。

雑談のような始まりでも、内容はガチ

「今ヒマ?」という電話の冒頭に、雑談かなと思ったら、突然「家の名義ってどうなってるかわかる?」という質問。軽い会話のつもりで始めているのかもしれないが、こちらからすれば重要な判断を要する話。曖昧に返せば誤解を生むし、正確に答えるには聞き取りが必要。時間も神経も使う。だが相手にはその重みが伝わっていない。たとえるなら、病院の待合室で「この湿疹ってガンですかね?」と医者に聞くようなものだ。思わず「診察室でお願いします」と言いたくなるが、私は医者ではなく、ひとり事務所の司法書士。どこまでどう返すか、いちいち悩む羽目になる。

無料で答えるにはキツいラインを超えてくる

質問の中身が明らかに契約対象業務レベルだとわかっていても、無料で話を続けてしまうことが多い。性格的に断るのが下手なせいもある。以前、「成年後見を頼みたい親族がいるけど、どんな手順で何を準備すればいい?」と聞かれ、詳細に答えた。後から考えると、それは明らかに正式な相談だった。結局その人は別の司法書士に依頼したと後で知った時は、さすがに凹んだ。善意を悪用されているように感じる場面もあって、「だったら最初から断っておけば良かった」と自責と後悔がぐるぐる回る。

善意とプロ意識の板挟み

自分でもよくわからないのは、「ちゃんと報酬をいただくべき」とわかっていても、いざ目の前に困ってる人がいると、つい助けたくなってしまうということ。でも、その一方で「これって自分の仕事をタダで提供してるだけでは…?」という葛藤もある。特に地方では、顔が広まるほど「相談しやすい人」になっていく。そこにプロとしての線引きを求めるのは、意外に難しい。「地域密着」と「食い物にされない距離感」、この両立はいつまでたっても悩みの種だ。

冷たくしたら悪い人に見えるという呪い

「感じの悪い司法書士だ」と思われたくなくて、ついニコニコしながら応じてしまう。相手が笑顔だと断りづらくなるのもあるし、断ったあとに「あの人、冷たいよね」と陰口を言われそうな小さな町の空気もある。だから私は、どんなに疲れていても、笑顔で対応してしまう。でもその優しさは、結局自分を消耗させるだけだったと気づいたのは、体調を崩して寝込んだ日の夜だった。

答えなければならない義務感との戦い

たとえば役所や病院で「それはうちではわかりません」と言われても、人は納得する。でも司法書士が「それはお答えできません」「有料相談になります」と言うと、「え?ケチくさ…」という顔をされることがある。これが結構つらい。責任をもって答えるには、それなりの時間と準備がいるということが伝わらないのだ。わかってもらえないことへのストレスもまた、日々の疲れにじわじわと染みこんでくる。

本当にあった「気軽な相談」地獄

「こんなことがあったんですよ…」と話し出すと、たいてい笑われる。でもこっちは笑えない。これはネタじゃなくて、現実なんだ。気軽な相談が日常を圧迫するようになったある日、「これ、ちゃんと記録しておかないと、自分が壊れるな」と思い、ノートに出来事を書き始めた。その中から、忘れられない出来事を2つだけ紹介したい。

電話が鳴ると身構えるようになった

ある日、朝の9時きっかりに電話が鳴った。「今、大丈夫ですか?」の声に、いやな予感がした。その直感は的中。「兄が亡くなったんですけど、相続の手続きって何をすれば…?」と始まり、詳細な家族構成や不動産の場所まで語られた。私はメモを取りつつ、「それはですね…」と対応したが、気づけば1時間。終わったあと、しばらく電話が鳴る音にびくびくするようになってしまった。着信音がストレスになるなんて、司法書士になった頃は想像もしなかった。

「今、お時間大丈夫ですか?」が信用できない

この一言が、もはやトラウマに近い。「大丈夫ですか?」と聞いてくる人に限って、1分で終わる相談なんてしてこない。むしろ、そのフレーズで警戒心を解かせてから、がっつり本題に入ってくるパターンが多い。だから私は最近、「ちょっとだけですけど」と言われても、「内容によりますが、業務に該当する場合は正式なご相談として…」と返すようにしている。最初は心苦しかったが、自分を守るためには必要な対応だったと思っている。

近所の人の「ちょっと聞きたい」が週1で来る

一人で事務所をやっていると、近所の人との距離が近くなるのは避けられない。たとえばゴミ出しの帰り道に「そういえばさ、うちの土地なんだけど…」と始まり、そのまま路上で立ち話。正直、こっちは朝の予定も詰まっている。でも、無下にできない性格もあって、つい付き合ってしまう。結局、その日一日がずるずると押していき、自分の仕事が深夜に回るという悪循環。近所づきあいと仕事の境界線が曖昧になるのは、本当に困る。

それ、役所に聞いてくれ案件多すぎ

「この申請書、どこに出せばいいの?」「これって印鑑証明いりますか?」といった話も多い。明らかに役所の案内窓口に聞くべき内容なのだが、「あんたに聞いた方が早いと思って」と言われてしまうと、なかなか突き返せない。でも、そのたびに「私は司法書士であって、行政職員じゃないんですけど…」と心の中でつぶやく。善意が積もりすぎると、やがてそれは重荷に変わる。

「相談」は業務です。本来は。

「相談に乗ること」は、私たち司法書士にとって業務の入口である。ところが、それを無料かつ無制限で求められることが増えてきた。昔は相談料を明記したチラシを配ると、それなりに抑止力になった。しかし今はネットで簡単に問い合わせができる時代。だからこそ、こちらから意図的に線引きを設けなければ、自分の首を絞めることになる。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。