登記簿が語った沈黙の家
曇り空の朝と一本の電話
その朝、事務所の窓の外は一面の曇り空だった。低く垂れ込めた雲の下で、街全体がどこか沈黙しているように見えた。電話が鳴ったのは、ちょうど書類棚の上のコーヒーが冷めたころだった。
「空き家の登記について、少し気になることがありまして」と依頼人の声は少し震えていた。声の主は中年の女性で、亡くなった叔父の家について相談したいという内容だった。
訪れた家は過去に囚われていた
依頼を受けて訪れたその家は、昭和の空気を濃く残した古びた平屋だった。門扉の錆びついた音が、不自然に響いた。家の前に立つだけで、どこか重たい空気が肌を刺すようだった。
サトウさんがひとこと「何か、ありますね」とつぶやく。彼女の直感は、たいてい外れない。
空き家のはずの家から響く足音
現地調査の最中、家の奥から微かな足音が聞こえた。まさか誰か住んでいるのか。だが、登記簿によれば、この家は五年前から誰の名義にもなっていない。
そもそも相続登記がなされていない時点で、何か事情があるのは間違いない。
隣人が口を閉ざす理由
周囲の聞き込みを進めたが、隣家の老婦人は「知らない、知らない」と繰り返すばかり。わざとらしいほどの無関心が、逆に不自然だった。
まるで『サザエさん』の花沢さんが、カツオとの関係を否定する場面のような強引さだった。
登記簿の記録にある不自然な変更
登記簿を精査すると、奇妙な事実が見つかった。三年前、一度だけ住所変更がなされている。だが、名義人は死亡したまま、所有権の移転登記はされていない。
「亡くなった人が引っ越すなんて、これはシャーロックホームズでも驚くでしょ」と僕はぼやいた。
サトウさんの冷静な推理
「住所変更は、実は第三者が行ったんでしょうね」とサトウさんが言った。「戸籍附票から、誰が請求したのかを追えば分かるはずです」
僕は内心舌を巻いた。やれやれ、、、こういうときに限って、彼女は頼もしすぎる。
住人の履歴と転々とする名義
調査の結果、数年前に遠縁の親族が無断で家を使用し、さらにその住所でローンを組んでいたことが判明した。名義の変更がされないまま、不法に使われていたのだ。
「やっぱりな」と僕は思った。「不動産の権利関係って、ミステリー漫画よりややこしいよ」
見えてきた不正な相続の影
さらに深掘りすると、正式な相続人が登記をしない理由が明らかになった。それは、亡き叔父が遺言で別の人物に家を残すと書いていたことだった。
だがその遺言書は、公正証書でも自筆でもなく、単なるメモ帳の切れ端だった。
火災保険と失踪人の謎
さらに不可解だったのは、家にかけられていた火災保険の名義が、十年前に失踪したとされる従兄弟になっていたことだ。彼は生きているのか?
「火災保険が生きてるなら、保険金目当ても考えられますね」とサトウさんが指摘した。
知られざる相続人の登場
ついに戸籍をたどりきった僕らは、知られざる相続人にたどり着いた。それは、亡き叔父が一度も語ったことのない、前妻との間に生まれた娘だった。
「これは、、、現代版ルパン三世のエピソードに出てきそうな展開ですね」と僕は苦笑した。
遺言書の筆跡と嘘の供述
筆跡鑑定の結果、問題のメモは叔父本人の筆跡ではないと断定された。無断使用していた親族による偽造だった。本人は「頼まれただけだ」と言い訳を繰り返す。
「誰もが自分の正義を主張する時代ですね、、、」僕の愚痴が止まらなかった。
司法書士が導いた真実の証明
僕らの報告をもとに、正当な相続人の娘は家を正式に相続し、登記も無事に完了した。家は彼女によってリフォームされ、静かな住宅街の一角に新たな息吹が吹き込まれた。
やれやれ、、、書類ひとつで人生が変わるんだから、やっぱりこの仕事はやめられない。
解決後の一杯のコーヒー
事務所に戻って、ぬるくなったコーヒーを一口すする。時計はもう午後六時を回っていた。「今日もなんとか終わったな」
机の上の書類はまだ山のようにあるけれど、とりあえずは一区切りだ。
サトウさんの無言の労い
「今日はお疲れさまでした」とサトウさんが淡々と言い、さっさと帰り支度を始める。その背中は、どこか誇らしげだった。
僕はその後ろ姿に、心の中で「ありがとう」とつぶやいた。
事件の記録を綴る静かな夜
夜、事務所の照明の下で事件の記録を整理する。パソコンのキーボードを叩く音が、静寂の中に響いていた。
これもまた、司法書士という仕事の一部だ。誰にも知られない物語が、またひとつ綴られていく。