人肌恋しい夜と登記締切の現実

人肌恋しい夜と登記締切の現実

人肌恋しい夜と登記締切の現実

気温が下がってくると、肌寒さ以上に心の寒さがじんわりと沁みてくる。誰かの笑い声が聞こえる夜の商店街を一人で通り抜けるたび、自分だけが取り残されたような錯覚に陥る。そして、そんな感傷にふけっている余裕もなく、机の上には期限の迫った登記申請書類の山。司法書士としての責任を果たすためには、寂しさもどこかへ押し込めて目の前の仕事に没頭するしかない。それが現実だ。

ひとり事務所の静寂が胸に刺さるとき

日が暮れて、事務員も帰ったあとの事務所は、静まり返っている。コピー機の音すらしないその空間に、自分のキーボードを叩く音だけが響く。誰かと話すこともなく、テレビの音もない。そんな夜に限って、依頼人からの連絡もなく、登記の進捗だけが自分を急かしてくる。仕事があるのはありがたい。でも、ありがたいだけでは埋まらないものもある。

帰り道のコンビニ灯がやけにまぶしく見える夜

深夜に事務所を出て、誰もいない道を歩く。住宅街の中で唯一明るいコンビニの灯りが、やけに目にしみる。弁当コーナーで一人分の夕飯を選びながら、ふと周りを見渡すと、カップルや家族連れの姿。自分の手にあるのは、チンするだけのカレーと缶ビール。それでもレジで笑顔をくれる店員に、ちょっと救われた気になる。そんなささやかな夜が、ここにはある。

誰かと分け合う夜ごはんが恋しくなる瞬間

温めたカレーを事務所のデスクで食べながら、ふと思う。もし今、誰かが隣にいて「今日もお疲れ様」と声をかけてくれたら、どれだけ救われるだろうか。野球部時代、練習後に仲間と食べたどんぶり飯のうまさが、ふいに蘇る。でも今は、誰とも分け合うことのない夜ごはん。栄養はあっても、満たされないものが確かにある。

登記の締切に追われる日々に情緒は置き去り

登記申請には期限がある。そのプレッシャーは、季節の移ろいや気持ちの揺れなんて一切許してくれない。感情を封じて、正確に処理しなければならない業務の数々。目の前の書類が全てで、感傷に浸る余地はない。そう思い込もうとしても、ふとした瞬間に心が置いてけぼりになる。

書類とハンコと無言のプレッシャー

登記簿謄本、印鑑証明、委任状…。正確に処理されなければならない書類の山。それを前にすると、まるで自分自身の存在価値までがその精度で測られているような気がしてくる。ミスは許されない。クライアントの信頼を裏切らないように、何度も確認を繰り返す。でも、そんな日々が続くと、心のどこかがだんだんと麻痺してくる。

“明日が締切”の焦燥と孤独の温度差

「この登記、明日までにお願いします」と言われることは日常茶飯事。でも、その“明日”が休日だろうと夜中だろうと関係ない。仕事に追われる時間の中で、ふと気づくと世の中は休んでいる。街は楽しそうにイルミネーションに包まれているのに、自分は孤独の冷えた部屋に戻るだけ。その温度差が、身に染みる。

仕事に没頭することで誤魔化す寂しさ

寂しさという感情は、意外と静かに忍び寄ってくる。そしてそれを振り払うように仕事に打ち込む。依頼人にありがとうと言われるたび、「この道を選んでよかった」と自分に言い聞かせる。けれど、心のどこかでは「これでいいのか」と問い続けている自分もいる。

事務員のいない夜の事務所が妙に広く感じる

日中は電話や来客でバタバタしていたはずの事務所が、夜になると急に広く感じる。空気の隙間から孤独がじわっと染み出してくるような感覚。事務員が帰ったあとの空の椅子を見るたび、「おつかれさま」のひと言が恋しくなる。それは、仕事仲間というより、ただの“人の気配”が欲しいのかもしれない。

パソコンの光だけが相手をしてくれる現実

パソコンのモニターだけが、静かに光を放っている。SNSを開けば誰かが楽しそうな投稿をしているけれど、自分はその輪の外。夜遅くまで事務所に残って仕事をしているというのに、誰に褒められるわけでもない。ただ淡々と業務をこなす自分が、画面の光に映っている。

書類ミスに気づいた瞬間の虚しさと自己嫌悪

深夜、ようやく完成したと思った書類に小さなミスを見つけたときのあの虚しさ。誰かに怒られるわけじゃない。でも、自分で自分を叱るしかない。疲れた頭では、なぜこんな簡単なミスをしたのかもわからない。書き直す作業をしながら、自分の不甲斐なさに思わずため息がこぼれる。

それでも登記は待ってくれないから

どんなに寂しくても、疲れていても、登記の締切は動かない。だから今日もまた机に向かう。依頼人のために、そして自分の生活のために。この道を選んだのは自分だ。逃げることも、誰かに甘えることもできない。だからせめて、もう少し自分に優しくあれるように、深呼吸をしてから手を動かす。

目の前の依頼人にだけは誠実でいたい

感情が不安定な日でも、依頼人の前では笑顔をつくる。それは、嘘ではなく誠実さだと思っている。依頼人にとっては、たった一回の大切な登記。それを任せてもらえることの責任と重みは、どんな寂しさよりもずっと大きい。その信頼を裏切らないために、心を整えている。

自分で選んだ道に言い訳はできない

司法書士になろうと決めたのは、他でもない自分。たとえ思っていた未来と少し違っても、それでも後悔はしていない。ただ、時々「こんなはずじゃなかったな」と思う夜があるだけ。言い訳してしまえば、何かが崩れてしまいそうだから、今日も言葉に出すのはやめておく。

次の締切が来る前に少しでも心を整えたい

仕事が一段落したその夜。いつもより少し早めに事務所を出て、家までの道をゆっくり歩いてみる。誰かが待っている家ではないけれど、あえてラジオをつけてみる。無音よりも、誰かの声があるだけで少し安心する。次の締切が来る前に、少しでも心を整えておきたい。それが今の自分にできる、ささやかな対策だ。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。