登記完了と不意の依頼
事務所のドアが開いたとき、そこには場違いなほど華やかな赤い口紅をつけた女が立っていた。黒のスーツに黒のサングラス。まるでキャッツアイが登記にやって来たようだった。 「登記をお願いしたいのですが」と一言。資料を差し出しながら、手元には封筒がひとつ。それが後にすべての始まりとなることを、この時の俺はまだ知らなかった。
新たな依頼人は赤い口紅の女
その女は「ミカミ・ルミ」と名乗った。どこか芸名めいた響きだが、提出された運転免許証には確かにそう記されていた。物腰は落ち着いていたが、サングラス越しでも視線の鋭さがわかる。 「登記完了までは急ぎません。ただ、この物件には少し事情がありまして」と一言だけ残し、彼女は姿を消した。
サトウさんのため息と塩対応
「胡散臭いですね」サトウさんが机の上の書類を手にしながら呟いた。口調は冷たいが、その指先はていねいにページをめくっている。 「赤い口紅が書類に移ってます。普通つけたまま書類渡しませんよ」冷静に、しかし鋭く。さすがだ。俺は少しだけ背筋が伸びた気がした。
物件にまつわる過去の因縁
提出されたのはアパートの一室の所有権移転登記。理由は「売買」とあるが、売主の住所も職業も空欄が多く、不自然さが残った。 しかも調べてみると、その物件は数年前に死亡事故があったという噂が。つまり、いわゆる「いわくつき物件」だった。
過去の所有者が遺した奇妙な記録
登記簿をさかのぼると、そこにはかつての所有者「ミナト・カズエ」の名があった。亡くなった女性とされているが、死亡の記録は不明確。 そして奇妙なことに、彼女の筆跡がいくつかの書類に残っており、現依頼人の署名と酷似していた。
登記簿に残る二重の名義
一時期、この物件には二つの名義が存在していた可能性があった。売買が無効か、あるいは仮登記状態のまま放置されたのか。 それにしても、申請された現在の書類には、いかにも急いで準備したような違和感があった。添付書類も簡素で、まるで誰かの目を欺こうとしているかのようだった。
謎の登記書類と唇の痕跡
「この紙、リップの香りがします」サトウさんがぼそりと呟いた。紙の角には確かにわずかに赤い色素が残っていた。 「まさか、わざとじゃないですよね」 俺は黙っていたが、心の中では同意していた。ミスにしては印象的すぎる痕跡だった。
一枚の書類にだけ残された口紅
他の資料はどれも完璧だった。だが、なぜか登記原因証明情報の紙だけに唇の跡がある。 しかもその書類は、本人の署名の直前の行で切れていた。何かを意図的に消そうとしたようにも見えた。
本人確認書類の不整合に気づくサトウさん
「この免許証、裏面の備考欄に訂正があるのに、提出されたコピーでは白紙になってます」 冷静に指摘するサトウさんの目が細くなる。「これ、加工されてますね」 確信を得た彼女はすぐに、法務局の登記官に確認を入れるよう俺に促した。
疑惑は依頼人の素性へ
芸名のような名前、曖昧な売主情報、そして唇の痕。全ての要素が、ミカミ・ルミの正体に疑問を投げかけていた。 そして彼女が帰った直後、近隣の不動産屋から「その名前、昔ミナト・カズエだった人ですよ」との情報が舞い込んだ。
芸名と本名が分かれた履歴
登記記録と市役所の住民異動記録を照らし合わせると、「ミナト・カズエ」は3年前に名前を変えた形跡があった。 つまり「ミカミ・ルミ」はその彼女自身であり、死亡したはずの人物が、別名で自分の財産を取り戻そうとしていたのだ。
もうひとりの女性の存在
さらに調査を進めると、現在の買主として書類に記載されていた「山口リエ」が、ミナト・カズエの元同居人であり、当時の事件の参考人だったことが判明する。 これは単なる売買登記ではない。過去の罪を隠すための偽装登記の可能性が見えてきた。
現場調査と消えた住人
アパートの該当室を訪れると、ポストには名前もなく、鍵はかかっていた。室内には誰も住んでいる気配がない。 しかし、電気メーターだけが微妙に動いていた。誰かが出入りしているのだ。
古びたアパートに残る指紋
俺たちは警察ではないが、司法書士には「事実を知ったときの届け出義務」というものがある。 管理会社に協力を仰ぎ、前回の入居時の清掃業者の証言を得ると、「あの部屋、2回清掃しましたよ」との話。誰かが途中で住み始めたという。
郵便受けに残された謎のメモ
ポストの奥から出てきたメモには、赤い口紅でこう書かれていた。 「登記完了の日に、すべて終わらせます」 やれやれ、、、事件に巻き込まれたのはまたしても俺の方だった。
サトウさんの推理と的確な助言
「登記の完了を待ってからすべてを処分する気だったんでしょうね。つまり、記録上の財産だけを残して」 サトウさんの言葉に、俺は妙な既視感を覚えた。 「まるでルパンが遺産だけ盗んで、あとには仮面しか残さなかったようなものですね」と彼女は続けた。
一通の登記申請書が語る意図
残された申請書には「所有権移転」の他に「持分の更正」のチェックがされていた。 本来不要な項目。つまり、書類自体に混乱させるような細工が仕掛けられていたということだ。
サザエさん式「これは誰がやったのかしら」理論
サザエさんのエンディングよろしく、全員が一斉に「犯人は誰だ?」と頭にハテナを浮かべた瞬間。 答えは、すでに俺たちの目の前に置かれていた。「赤い口紅」それが、彼女の痕跡だった。
シンドウの逆転と意外な一手
俺は偽造された免許証とメモをまとめて法務局に照会を依頼し、本人確認の再調査を求めた。 すると、過去の氏名変更履歴と死亡届の不整合が浮き彫りに。ミナト・カズエは死亡していなかった。
やれやれ、、、やっぱりこうなるか
彼女は財産を守るため、自ら死亡したことにし、別名で財産を移すという荒業を実行しようとしていた。 登記は不受理、全件が差し戻された。登記完了など、最初からなかったのだ。
真犯人は誰だったのか
真犯人、それは登記を使って自らの死を偽装しようとしたミナト・カズエ、いやミカミ・ルミその人だった。 赤い口紅が、その罪を記録していた。何よりも雄弁に。
登記を利用したなりすましの手口
この件は最終的に警察に引き継がれ、彼女は公文書偽造と詐欺未遂で逮捕された。 俺たち司法書士はあくまで「事実の橋渡し」役だ。それでも、真実を守るためには、線一本も見逃さない。
唇の跡が語る偽装のミス
「詰めが甘いんですよ、女優崩れってのは」 サトウさんの最後の一言が、妙に耳に残った。 その口調には、わずかに呆れと、少しの敬意が混じっていた気がした。
解決後の余韻と再びの静けさ
事件が終わっても、俺の机の上には山のような書類が残ったままだった。 赤い口紅の跡は、事件もろとも消えてしまったが、何かが確かに残っていた気がした。 俺は椅子に深く座り直し、サトウさんの入れたコーヒーを一口すすった。
そして日常へ戻る登記の海
「次の相談、時間外ですけど来てますよ」 サトウさんの塩対応ボイスが響く。 やれやれ、、、俺の日常に、休みという概念はないらしい。