朝から違和感、すでに波乱の予感
「なんか今日は変だな」——そんな漠然とした違和感が、目覚ましの音とともに胸に広がっていた。前日遅くまで補正対応していた疲れが残っていたのか、あるいは無意識に何かを察知していたのかもしれない。事務所に着いてもその感覚は消えず、どこか歯車が噛み合っていない気がした。そしてその不安は、出勤後すぐに現実となって襲いかかってきた。
出勤前のトラブル、プリンターが沈黙
朝一番に印刷しようとした定款が、どうにも出てこない。プリンターの電源は入っているのに、うんともすんとも言わない。少し前から調子が悪かったのは知っていた。でも「なんとか持つだろう」と見て見ぬふりをしてきたツケが、まさかこんな朝に回ってくるとは。
急ぎの書類が印刷できない地獄
「この定款、午前中には郵送しなきゃいけないんだよな…」と焦りながら、PDFを開いてもう一度印刷を試みる。だが状況は変わらず。いよいよヤバいと思ってネットで対処法を検索するが、出てくるのは「再起動してみましょう」だの「ドライバを更新しましょう」だの、悠長な話ばかり。
とりあえずコンビニ…でもUSB忘れた
「もうコンビニで印刷しよう」と思い立って飛び出すも、肝心のUSBを忘れて戻る羽目に。気持ちは焦るし、気温はすでに高いしで、汗がにじんできた。「もう今日はダメな日だな…」そんな予感がさらに色濃くなる。
法務局とのやりとり、また同じ補正
午前中の失敗を引きずったまま、午後には法務局からの連絡。案件は法人設立登記。添付書類の不備を指摘されたのはこれで二度目。念入りにチェックしたつもりだったが、今回も見落としていたらしい。いや、「そこまで見るか?」と思うような細かい点だったのだが。
「この添付書類、やっぱり要りますか?」
担当者からの電話。「念のため提出をお願いできませんか」と言われ、内心「念のためってなんだよ」とつぶやく。義務か任意か、はっきりしてくれと喉元まで出かかるが、グッと飲み込む。「わかりました、すぐに対応します」と答える自分が情けない。
5回目の補正、もうやめてください
これで同じ案件の補正は5回目。「補正のプロ」として認定されそうな気がしてくる。仕事が雑だと思われているんじゃないかと、どんどん自信を失っていく。法務局の担当者の声が優しいのが、逆に心に刺さる。「何度もすみません」と言われるたびに、こちらの心が折れていく。
事務員の優しさが逆につらい
そんな気持ちのまま事務所に戻ると、事務員さんが「大丈夫ですか?」と声をかけてくれた。その一言が、妙に胸に刺さった。いつもなら「まあまあね」と流せるのに、今日は喉の奥が詰まったように返事ができなかった。
「大丈夫ですか?」の一言に胸が詰まる
こちらの精神状態なんて知らないはずなのに、妙にタイミングがよかった。「何かおかしいって顔してたんでしょうか」と思わず聞いてしまったら、「最近ちょっとお疲れかなって」と言われた。優しさって、時には拷問になることもあるんだなと実感した。
怒りをぶつけられないつらさ
本当は法務局のことも、プリンターのことも、誰かに思いっきり文句を言いたかった。でも目の前の事務員さんは何も悪くない。むしろ助けようとしてくれている。「だからこそ」ぶつけられない感情が、自分の中でぐるぐると回り始めた。
昼ごはんが唯一の癒しだったのに
いつもの定食屋に行くのが、日々のささやかな楽しみだった。とくに今日みたいな日は、あの味噌カツ定食でエネルギーを回復したかった。でも、店の前には無情にも「臨時休業」の張り紙が貼ってあった。
お気に入りの定食屋、まさかの臨時休業
その瞬間、世界が少しだけモノクロに見えた。普段なら「まあそういう日もある」と流せるのに、今日は違った。張り紙が嘲笑っているように見えた。こんなに心が折れた昼休みは久しぶりだった。
コンビニのおにぎりが今日はやけにしょっぱい
仕方なくコンビニでおにぎりを買って、事務所でひとりかじる。なぜかやけに塩気を強く感じる。「俺、今、疲れてるんだな」と思いながら、ふと窓の外を見る。天気がいいのが腹立たしい。
依頼人の一言に心が折れる
午後に面談が一件。新規の依頼人だった。内容はそこまで難しくない法人登記だったのだが、説明をしている最中にこう言われた。「でも、これって簡単な手続きなんですよね?」
「簡単な登記なんですよね?」の破壊力
それを言われた瞬間、ぐっとこらえていたものが崩れかけた。簡単ってなんだよ。だったら自分でやればいいじゃないか。知識も経験も責任も全部背負って、こっちは「簡単な手続き」の裏で戦ってるんだ。
プロの尊厳をえぐる無邪気な言葉
でも、依頼人に悪気がないのはわかっている。むしろ、無邪気な口調だった。だからこそ、余計にきつい。なんだか今日という日が、積み上げてきたプライドを少しずつ削っていく。
「やってられない」と思った夕方
夕方、ようやく事務仕事に取り掛かろうとした矢先、また別件の電話が入る。ああ、もう今日の業務時間、これで全部ふっとんだ。タスクは積まれていくばかりで、心はすり減っていく。
結局、残業…今日も自分だけ事務所に
事務員さんは定時で帰っていった。それでいい。むしろありがたい。でも、自分ひとりが静かな事務所でパソコンの明かりに照らされている姿に、ふと虚しさを覚えた。
「もう帰りますね」の声が遠くに響く
「お先に失礼します」と言われた瞬間、「ああ、今日もまたひとりだ」と実感する。その言葉が遠く聞こえたのは、たぶん自分の気持ちがすでにどこか遠くに行ってしまっていたからだ。
誰かと話したい夜に、スマホは沈黙
仕事が終わってスマホを見ても、LINEは静まり返ったまま。連絡を取りたい相手も特にいない。いや、いるにはいるけど、きっとこんな気持ちを話しても面倒がられるだけだ。
LINEは既読スルー、通知も来ない
試しに軽く送ったメッセージは既読スルー。通知が鳴らないスマホを何度も見ては、ため息をつく。「今日くらい、誰か返してくれてもいいのに」と心の中でつぶやく。
もう慣れたはずの孤独が痛い
独り身にも、孤独にも、慣れていたはずだった。だけど今日は違った。さすがに今日は、笑えなかった。明日には、また少し笑える日が戻ってくるだろうか。そう願いながら、寝る準備をする。