今日も封筒と会話しただけの日

司法書士ってこんなに孤独だったっけ

司法書士という仕事は、誰かの人生に深く関わる一方で、その実態は驚くほど孤独だ。誰かの相続、誰かの不動産取引、誰かの借金問題……確かに人と関わってはいる。だが、その「関わり」は、たいてい書類越しに完結してしまう。実際のやりとりは、電話やメールで済んでしまい、対面はごくわずか。人間関係の濃さを感じることは少なく、むしろ「人がいてもいなくても成立する仕事」なのだと感じることもある。

書類とだけ向き合う日々の虚無感

朝から机に向かって、ひたすら登記識別情報や印鑑証明書、委任状を確認する。依頼者の顔が浮かぶこともあるが、記憶の中にしか存在しない。パソコンの画面に集中して、気づけば昼。昼食もコンビニで買ってきた冷たい蕎麦を、無言で口に運ぶ。午後もずっと書類。声を発する必要すらない。気づけば一言も喋らないまま日が暮れていることもある。こんな日は、自分が生きてるのか実感が湧かない。

依頼人と話すのはほんの数分だけ

電話でのやりとりはある。しかしそれは「はい、では来週の火曜に」「印鑑をご持参ください」程度の短い会話。お互い必要最低限の情報を交わすだけで、そこに雑談も感情の交流もない。特に法人相手の場合は、担当者が毎回変わったりして、名前すら覚えられないまま終わることもある。「人と関わる仕事です」と言われて始めたこの道で、気づけば「声すら交わさない人間関係」ばかりが増えていく。

会話の相手はプリンターと封筒

封筒に宛名を書いていると、何となく人の気配を感じる。…いや、気のせいだ。ただの紙だ。でも、「○○株式会社 御中」と書きながら、頭の中で「あの人、今どうしてるかな」なんて思うこともある。プリンターが「ウィーン」と唸る音が、妙に頼もしく感じたりして。機械や文具に感情移入するようになったら、それはたぶん孤独の末期症状。でも、今日も封筒に「よろしくお願いします」と心で呟いていた。

事務所の中に響くのは印刷音だけ

気づけばこの空間に鳴り響いているのは、印刷機のリズムと、エアコンの低い唸り声だけ。事務員さんは隣の部屋で作業中で、互いに邪魔しないようにと、自然と無言の時間が続く。ふと静寂が怖くなって、ネットラジオをつけるけど、それも結局BGM。人の声を欲しているのに、人の言葉がしみ込んでこない。この空気に慣れすぎた自分を、時折怖くなる。

静かすぎて時計の秒針がやたら主張してくる

秒針の音なんて、昔は気にも留めなかった。でも今は違う。書類整理をしているときに「カチ、カチ」と響いてくるあのリズムがやけに大きく感じる。まるで「お前、今日も一言も喋ってないぞ」と言われているかのように。それでも黙って書類に目を通し続けるしかない。仕事は溜まっている。秒針の音がリズムを刻み、自分がこの時間を生きていることをなんとか証明してくれているようだ。

背後から聴こえる封筒のカサカサ音が唯一の生活音

封筒を大量に扱う日、あの「カサッ」「シュッ」という音に、なぜかホッとする。紙の音に囲まれていると、不思議と「今日も仕事してる感」が出る。誰にも褒められなくても、誰とも会話しなくても、この音だけは「今、自分は何かしている」と伝えてくれる。だけどこれ、一般的には「生活感がない音」だよなと気づくと、またちょっと笑ってしまう。孤独って、変なところで自分を慰める力がついてくる。

音楽を流しても、結局は寂しさが残る

ジャズを流してみたり、クラシックにしてみたり、テンション上げようとロックを流したり。でもどれも長続きしない。どんなに陽気なリズムでも、ふとした瞬間に「誰とも会話していない」という事実が浮かび上がってくる。音楽でごまかせるのは表面だけ。静寂の裏にある孤独感は、どうにもならない。せめて歌詞に共感できたら…と思っても、今の気分にハマる歌はなかなか見つからない。

元野球部の俺が、こんなデスクワーク人生を歩むとは

高校時代、汗だくになって白球を追っていた自分が、こんなにも机とにらめっこする日々を送るとは夢にも思っていなかった。あの頃は声を張り上げ、仲間と怒鳴りあい、泥まみれになって笑っていた。それが今では、声を出す機会すら貴重な存在に。たまに区役所の窓口で「お世話になります」って声を出すと、声がうわずってしまって「俺、こんなに口下手だったっけ？」と落ち込む始末。

声を張る場面は電話だけ

「はい、○○司法書士事務所です」。この言葉が、今日最初で最後のまともな声になることもある。しかも、最近じゃ電話も少ない。メールで済むことが多くなって、声帯を使う頻度は年々減っている。仕事をしてるのに、声を出してないって、なんだか不思議な話だ。でもその現実に、もう慣れてしまっている。声を張る場所がグラウンドからデスクに変わっただけ。とはいえ、心はちょっとだけ寂しい。

久しぶりに大きな声出したらむせた

先日、近所の子どもがボールを落として、それを呼び止めようと「おーい！」と叫んだ。その瞬間、むせた。情けなかった。喉がびっくりしたのだろう。あれほど大きな声を出したのは、何ヶ月ぶりだっただろうか。元野球部の看板を掲げていた人間が、大声出してむせてるって……情けないやら笑えるやらで、帰宅してから独りで笑ってしまった。

グラウンドで叫んでた自分はどこへ行った

朝日を浴びながら素振りをして、監督に怒鳴られても「うっす！」って返していたあの頃。土の匂い、汗の染みたユニフォーム、仲間と交わすハイタッチ。そんな世界から、今はボールペンと封筒の世界に生きている。昔の仲間と会うたび、「お前、司法書士かぁ、すごいなぁ」と言われる。でも、その裏の孤独までは誰も知らない。叫びたいのは今のほうだよ、と心でつぶやいている。