司法書士事務所に届いた奇妙な依頼
その朝、事務所に届いたのは分厚い封筒と達筆な手紙だった。差出人は名家として知られる「山城家」の当主で、土地の名義に関する確認をしたいという依頼だった。文面は礼儀正しく、それでいてどこか焦りを滲ませていた。
封筒の中には登記簿謄本の写しと、昭和の時代からの土地の変遷がびっしりと書かれた家系図も同封されていた。その情報量の多さに思わず眉をひそめながら、俺は静かにソファに沈み込んだ。
旧家の土地にまつわる登記調査
山城家の土地は町の西端にあり、竹林と蔵を抱えた屋敷構えだった。俺のような凡人からすれば、まるで時代劇の舞台のように見えたが、それだけに登記の歴史も複雑だった。何代にもわたる名義変更、相続登記、抵当権の抹消。
だが一つ、妙な点があった。平成十五年に「山城進」という人物に一度名義が移っているが、その後すぐに抹消され、現在は「山城憲一」に戻っている。理由が書かれていないのだ。
依頼人は不自然に多弁な老人
依頼人である山城憲一は、やけに雄弁だった。事務所の椅子に腰を下ろすなり、彼は笑顔で語り続けた。「昔のことをはっきりさせておきたくてね」と言いながら、話の中身はやたらと細かい。だが、肝心な点になると急に話題を変えるのだった。
それはまるでサザエさんで波平が急に「散歩でもしてくるかのう」とお茶を濁すような不自然さだった。俺はただ黙って、彼の話に耳を傾けながら裏を読むしかなかった。
現地調査で見えた違和感
現地に赴いてみると、さらに奇妙な点が見えてきた。登記簿上では一筆の土地であるにもかかわらず、実際には明らかに境界線を分けるような塀があり、そこには別の名前が刻まれた表札が掲げられていた。
現場の静けさの中に、何かが隠されている気配があった。地面に残るわずかな違和感を覚え、俺は靴の先で落ち葉を払いながら、古い境界杭を探し始めた。
登記内容と現地状況の齟齬
登記上の筆界と現地の塀の位置が、わずか数十センチずれていた。そのわずかなズレが何を意味するか、俺にはわかっていた。意図的に境界を曖昧にしている可能性があるのだ。
だが、それを証明するには裏付けが必要だった。俺はサトウさんに連絡し、旧公図と航空写真を取り寄せてもらうよう頼んだ。
境界標の位置が語るもの
航空写真を見ると、かつてはそこに簡易的な物置小屋が建っていたことがわかった。そしてその小屋の存在は、平成十五年の登記の動きと時期が一致していた。
「やれやれ、、、また地味な作業の始まりだな」と、つい独り言が漏れた。だが、こういう地味な積み重ねが真実をあぶり出す鍵になる。俺は再び手帳にメモをとり、山城家の戸籍謄本を精査する決意を固めた。
登記簿が示す過去の契約
謄本を精査するうちに、山城進が一時的に登記名義人になった理由が浮かび上がった。どうやら遺産分割協議の過程で、進が一部の相続人から信託的に権利を預かった形になっていたらしい。
だが、その協議書の写しがどこにも見つからない。まるで最初から存在しなかったように、記録も証拠も残っていなかった。
謎の抹消登記と名義変更の履歴
登記簿には、進の名義が登記された直後に「錯誤による抹消」として申請がなされていた。だが、錯誤を証明する資料は極めて曖昧なもので、実質的には口約束に等しい書面だった。
これは典型的な“帳尻合わせ”だ。漫画『金田一少年の事件簿』なら、ここで「ジッチャンの名にかけて!」と叫んでいただろうが、俺はただ、静かに矛盾点を拾い集めていった。
故人の名前が今も残る意味
登記簿の備考欄に、ある故人の名前が残っていた。「山城千代」。山城憲一の母であり、十年前に亡くなった人物だ。その名が、なぜ今も消されずにいるのか。
それは、彼女が相続手続きを最後まで終えていなかったからだった。つまり、その一筆の土地にはいまだに複数の相続人の権利が残っている可能性があったのだ。
サトウさんの冷静な分析
事務所に戻ると、サトウさんはすでに全ての資料をまとめていた。彼女の机の上には、地図、公図、戸籍の写しがきっちりと整理されて並んでいた。まるで図書館の司書のような精密さだった。
「あなたが見落としていたのは、この除籍謄本ですよ」とサトウさんが言う。冷静なトーンだが、どこか刺さる言葉だ。俺は苦笑しながらその書類を手に取った。
塩対応だが資料整理は完璧
彼女の塩対応には慣れているが、正直言って助かる。俺が見落とした旧姓時代の記録、隠れた婚外子の存在――そのすべてを彼女は漏れなく抽出していた。
「これ、遺留分請求の可能性がありますね」と一言。淡々と事実だけを告げるその姿は、まるで冷徹な探偵のようだった。
旧所有者の戸籍が開く真実
除籍謄本から浮かび上がったのは、山城家のもう一人の相続人――山城進の弟、山城誠の存在だった。彼は長年音信不通で、相続の場にも現れなかったとされていた。
だが調査の結果、現在も市内に居住していることが確認できた。憲一が意図的に誠の存在を隠していた可能性が高まった。
浮かび上がる遺産相続の矛盾
誠が相続人であるにもかかわらず、その存在を隠したまま憲一が登記名義を独占していた。これは重大な背信行為であり、場合によっては刑事事件にも発展しかねない。
そして、この行為の裏には、どうやら土地の売却計画が絡んでいたようだった。全てのピースが、ゆっくりと一つの形になり始めた。
登記上の相続と現実の不一致
登記簿には相続人全員の承諾が記載されていたが、誠の署名は偽造だった。筆跡鑑定によって、その事実は裏付けられた。俺はその結果を手にして、深いため息をついた。
「こんなことに司法書士が関わるとはな、、、」そう呟いた俺に、サトウさんは「だから、ちゃんと確認しましょうって言ったのに」と冷たく言い放った。
隠された養子縁組の痕跡
さらに調べを進めると、憲一が進を養子として迎えていた記録があった。だがそれは、遺産相続直前に届出がされており、完全に財産目当ての動きだった。
サトウさんがぽつりと漏らす。「これ、テレビドラマなら完全に犯人ムーブですよ」。俺は苦笑しながら、事件の終わりを確信した。
そして静かな日常が戻る
報告書を提出し、誠への相続分の登記手続きが終わった頃には、すっかり季節が変わっていた。事務所には蝉の鳴き声が微かに届く。新しい案件のファイルが届き、サトウさんがまた黙々とパソコンを叩いている。
「次はどんな面倒な依頼かしら」とぼやく声が聞こえた。俺は缶コーヒー片手に椅子を回しながら、軽くため息をついた。
やれやれ、、、俺の休息はいつになったら訪れるんだろうか。