恋人という名の代理人
朝の訪問者と妙な依頼
その朝、珍しく定時に出勤していた俺のもとに、妙に香水のきつい女性が現れた。 「この契約書を登記できませんか?」と差し出されたのは、見慣れたA4の書類。だが内容を読んで目を疑った。 “恋人契約”という文字が、印刷された文面の中に堂々と混じっている。
恋人契約書の中に潜む罠
内容はこうだ。相手は高齢男性、彼女は法定代理人として日常生活をサポートする立場。 だが同時に、「互いに恋人であることを確認する」という条項が添えられている。 法的な意味は?恋人としての効力は?――何ともサザエさんのカツオがこっそりラブレターを出したような青臭さだ。
依頼人の嘘とサトウさんの冷静な目
「この書類、印鑑の位置がおかしいですね」と、サトウさんが冷たく言った。 いつもながら鋭い観察眼だが、塩対応にも程がある。 俺は何とか彼女の前で知ったかぶりをしたが、内心ではやれやれ、、、とため息を漏らしていた。
親族会議と登記の落とし穴
その後、依頼人の親族から「遺産目当ての詐欺ではないか」という連絡が入る。 親族の中にはその女性を見たことがないという者もいた。 法定代理人とは一体どんな経緯で選ばれたのか、ますます怪しい。
やれやれ、、、恋と法律は似て非なるもの
俺はかつての恋を思い出した。いや、恋などしていたか? 「代理人になった理由は“愛”です」と彼女は言っていたが、法律の世界で“愛”は無力だ。 やれやれ、、、やっぱり俺には縁遠いものらしい。
公証役場の記録が語る過去
公証役場にて調査を依頼すると、二人の間で作成された委任状が出てきた。 そこには、老人の筆跡ではない署名が添えられていた。 明らかに誰かが代筆している――それも、つい最近。
サトウさんの推理と疑惑の指摘
「老人のサイン、ここ半年のものと違いますよ」とサトウさんが突きつけた資料。 さながらキャッツアイの瞳のように冷たく、美しいその指摘。 俺は思わず唸った。「やっぱり君がいないと、この事務所は成立しないな」
契約書の署名欄に現れたもう一人の代理人
調べを進めると、老人にはかつて成年後見人をつけようという話が出ていた記録が。 その際に、別の女性が“恋人”と主張していた事実が判明。 どうやらこの老人、恋人代理人が二人いたらしい。
元恋人と現恋人の証言食い違い
「彼とは長年の付き合いです」「いえ、私が現在のパートナーです」 どちらも真実のようで嘘のような証言を繰り返す。 第三者から見れば、まるでコナンの灰原哀が蘭に変装してアリバイを崩す場面のようだ。
恋愛感情か法律行為か
結局、老人は脳出血で倒れ、口がきけない状態になっていた。 そのため、真意は誰にもわからない。 ただ、契約に必要な“意思能力”が当時あったかどうかは、争点になった。
決定的な証拠は法定後見人の申請書
最後の鍵は、半年ほど前に提出された法定後見人の申請書だった。 そこには、「認知症の兆候があり、判断能力に疑義あり」との医師の診断書が添付されていた。 この日付と“恋人契約”の日付がほぼ一致していた。
真相は元恋人の復讐劇
老人の元恋人は、現恋人への嫉妬から偽造に手を染めていた。 愛が怒りに変わったとき、人は平気で法律を越える。 だが、それを暴くのが俺たち司法書士の仕事だ。
書類の裏に記された静かな結末
結局、契約は無効と判断され、財産は元通りの相続分に戻された。 恋人という名の代理人は、書類からも、登記からも、静かに消された。 俺は事務所に戻り、湯を沸かすサトウさんに向かってつぶやいた。「やっぱり恋って、こわいねぇ」