休日に着る服がないという名の事件簿
午前9時。
事務所のデスクの上で冷めたコーヒーを見つめながら、俺は頭を抱えていた。
「どうしたんです?また謄本の地番が違ってたとか?」
サトウさんが今日もきっちりアイロンのかかったブラウスで、涼しい顔をして言う。いや、違う。今日に限っては登記でも裁判でもない。もっと根深い、私生活における謎——
「休日に着る服がないんだよ」
沈黙。
「……またですか」
目も合わせてくれないあたり、相当呆れている。
クローゼットの闇に潜む事件
何がきっかけだったか。そうだ、隣町のイオンに散歩がてら行こうと思ったんだ。だが、クローゼットを開けた瞬間、事件は起きた。
スーツ一式が幅を利かせ、その隣にはジャージ。しかも高校時代の野球部のやつ。ウケ狙いで買ったヨレヨレのキャラクターTシャツも転がっていたが、今それを着て出る勇気はない。
「この事件、俺のファッション人生に関わるかもしれん」
思わず独りごちた。
現場検証開始
「では先生、今日の午後は“証拠品”の調査ですか?」
「証拠品?」
「そのクローゼットです」
そう言ってサトウさんが勝手に俺のスケジュール帳に『13時:現場検証』と書き込んだ。うちの事務員は容赦ない。
午後、俺は事務所の裏のアパートに戻った。サトウさんも当然のように同行。
クローゼットの扉を開くと、スーツ6、ワイシャツ12、ジャージ2、ユニクロの黒ズボン3本、シャツっぽい何かが4枚。
「うーん、これは迷宮入りですね」
サトウさんが何やらメモを取りながら言う。
「被疑者は“仕事着しか着ない生活”を続けていた。つまり、休日に私服を更新するという動機が消えていたんです」
「名探偵かよ……」
犯人は俺
「じゃあどうすりゃいいんだよ」
「簡単です。買うんですよ、服を」
もっともな理屈だが、それができりゃ困らん。何を買えばいいかも分からんのだ。
「じゃあ今度の休日、私と一緒に見に行きましょう。先生ひとりで服選ぶと、また野球部か探偵かって服になりそうですし」
「探偵?それ褒めてるのか?」
「いや、コナンくんじゃなくて金田一くんのほうですね」
「せめて服装はコロンボにしろよ……」
やれやれ、、、休日のたびにクローゼットの前で立ちすくむ自分を、そろそろ変えなきゃいけないのかもしれない。
服とは何か
その週末。俺は初めて休日の服を「誰かの目」を意識して選んだ。
シャツの色は…まあ地味かもしれない。だが、自分で選んで、自分で着て、外に出る勇気を持てたのは大きな進歩だった。
服とは、自分で選ぶささやかな決意のようなものだ。
そして帰り道、ふと気づく。
……そのシャツ、サトウさんと色違いだった。
いや、まさかな。これは偶然だ。そういうことにしておこう。
次回予告
『アイロンをかけた覚えのないワイシャツの謎』
司法書士シンドウがまたしても日常の闇に挑む。