事務所に届いた一通の封筒
その朝、いつものように郵便物の山をサトウさんが無言で仕分けていた。私がようやくコーヒーに口をつけたところで、ひとつの茶封筒がデスクに滑らされた。差出人の記載はないが、中には登記簿の写しとメモが一枚。
「この登記には不正があります」とだけ書かれていた。出所不明の情報にしては、写しの内容がやけにリアルで、しかも妙に既視感があった。
差出人不明の登記簿写し
写しをよく見ると、問題の不動産は、数ヶ月前に確かに所有者変更の登記がなされていた。しかしその変更理由が曖昧で、添付されている原因証明情報も、何かを隠しているような違和感を覚えた。
私がボソボソと呟いていると、サトウさんが「その物件、私の友人が住んでいたところですよ」と一言。どうやら偶然ではなさそうだ。
奇妙な所有者変更の記録
調べれば調べるほど、この登記の背景には不可解な点が多かった。前所有者の印鑑証明書は確かに正規のものであり、書類に不備は見当たらない。しかし、登記原因の記載には「贈与」とある。
それにしてはあまりに高額な物件だ。贈与のわりに税務署への申告もされていない様子だった。
サトウさんの即時ツッコミ
「これ、贈与じゃなくて売買を偽装してますね。たぶん所得隠し系のやつです」
相変わらず容赦ない塩対応で核心を突いてくるサトウさんに、私は苦笑いするしかなかった。元野球部としては、せめて一球くらい打ち返したいのだが、三振続きである。
旧所有者の謎の失踪
私たちは旧所有者の居場所を探ることにしたが、登記上の住所にはすでに誰も住んでいなかった。近所に聞き込みをしても「半年くらい前からいないよ」という返事ばかり。
まるでサザエさんに出てくる「いささか先生」が急にいなくなったような、不自然な空白がそこにはあった。
隣人の証言が指し示す違和感
ただ一人、向かいの老婦人だけがこんなことを言った。「夜中にね、大きな声が聞こえたの。『このままじゃ済まさない』って」
それを聞いて私は、物件の売買に感情的なトラブルが絡んでいると直感した。
法務局での違和感
法務局で原本閲覧を申し込むと、職員の対応がやけに歯切れ悪かった。「この件は、過去にも問い合わせがありまして……」と濁す。
誰かがすでに同じ疑問を持ち、動いていたということか。ならば、私たちは後を追っているだけなのかもしれない。
担当者の曖昧な返答
さらに詳しく訊ねると、職員は資料を閉じながら言った。「正式な異議申し立てがない限り、我々としては手続きに問題はなかったと判断しています」
なるほど、書類が揃っていれば真実など二の次というわけか。やれやれ、、、司法書士という立場に、時々空しさを覚える瞬間である。
登記原因証明情報の矛盾
自宅で資料を見直していると、ある奇妙な点に気がついた。日付と登記原因の整合性が取れていない。登記原因証明情報の日付が、登記完了日の翌日になっていた。
つまり、手続きが終わった後に原因証明書が出ている。これは明らかな後付けではないか?
日付と出来事の食い違い
通常、原因証明書は申請時に必要な書類のはず。それが申請後に作られたとなれば、これは手続き上の重大な違反となる。
背後に司法書士や不動産業者の関与が疑われても不思議ではない。
不動産業者の不可解な態度
登記に関与した不動産業者を訪ねると、担当者は「もうその件からは手を引いてますので」とだけ言って奥に引っ込んだ。
その態度は、何かを知っていて、でも話せないという雰囲気に満ちていた。
現地調査で判明したもう一つの事実
さらに調査を進めると、現地にいた新しい住人が「ここ、元々は借金のカタに取ったって聞いてます」とポロリ。
なるほど、これは債権回収のための不正登記かもしれない。
真実に近づく鍵
市役所で調べた課税明細書には、旧所有者名義のまま課税されている記録があった。つまり、実際には移転の事実がなかった可能性がある。
登記だけが移転しており、現実の権利関係とは食い違っている。これは大きなヒントとなった。
古い固定資産課税明細書
その明細書を手に、私は再び法務局へ向かった。記録が残っている限り、手続きのどこかにボロがあるはずだと信じて。
そしてついに、申請書類の中に不自然な筆跡の違いを見つけた。
失踪者からの手紙
その夜、事務所のポストに一通の封書が届いていた。差出人は旧所有者。中には手書きの手紙が入っていた。
「私は騙されて判を押してしまいました。真実を伝えてください」——文字は震えていたが、そこには強い意志が感じられた。
あの夜の出来事の真相
どうやら業者は、所有者に「一時的な書類」と称して登記に必要な書類へ署名させたらしい。しかもその場で現金を渡していたことも分かった。
形式上は贈与、実質は強引な債権回収だった。
登記の背後に潜んでいた思惑
新所有者は、業者の知人で、実は債権回収のための名義上の人間だった。登記簿はあくまで形式にすぎず、真実の所有関係は闇の中にあった。
つまり、登記簿の中には真実も虚偽も混在していたのだ。
所有権移転を利用した詐取の構図
法的にはグレーゾーンだが、悪質性は高い。私は手紙と証拠書類を整理し、被害者の代理人として訴訟を起こす手続きをとることにした。
正直、面倒な案件だったが、ここまできたら引き下がれない。
シンドウの推理と決断
「……やれやれ、、、結局こういうのに限って労力ばっかりかかるんだよな」
私は疲れた身体を引きずって、裁判所への提出書類をまとめた。サトウさんは黙ってコーヒーを差し出す。
やれやれと言いながらも立ち上がる
そう、私はまた一歩前に進む。どんなに理不尽でも、誰かのために正義を貫くのがこの仕事だ。
そしてなにより、あの手紙の震える文字に応えるために。
静かに訪れる結末
数ヶ月後、裁判所は所有権移転登記の抹消を命じた。旧所有者の権利は回復され、闇の中に沈みかけた真実は陽の光を浴びた。
登記簿が語ったのは、形式の裏に隠された人の想いだった。
登記簿が語るほんとうの物語
形式に囚われず、記録の裏にある現実に目を向ける。それこそが、司法書士としての本当の仕事なのかもしれない。
そして今日もまた、事務所には静かに郵便物が届く。次の物語が、そこに眠っているかのように。