仕事が恋人って言ったら本当にそうなってた話

仕事が恋人って言ったら本当にそうなってた話

冗談が冗談じゃなくなるとき

「仕事が恋人」発言のはじまり

「先生、またそれ言ってるんですか?」
サトウさんが呆れたように笑う。
「だって事実じゃん。仕事以外、何もないんだから」
そう答えながら、僕は登記簿をめくる手を止めなかった。
誰かと一緒にご飯を食べた記憶が、もう3ヶ月前だ。
まるで『サザエさん』の中にいた波平が、いきなり家族に置いて行かれたような錯覚だ。

その場を和ませるつもりだった言葉が重くのしかかる

「仕事が恋人って、笑い話にならないのが痛いですよね」と、サトウさんはぼそっと呟いた。
彼女の視線は、印鑑の朱肉にも似た哀しさを帯びていた。

最初に違和感を覚えた日

夜8時。電話も鳴らず、メールも来ない。
ふとカレンダーを見たら、びっしり詰まっていたのは「相談対応」「登記申請」「法務局へ」といった仕事の予定ばかりだった。
あれ?と思ったのはそのときだった。プライベートの予定が、ひとつもなかった。

サトウさんの冷静なツッコミ

「先生、Googleカレンダーって、予定がないとき真っ白なんですね」
その声にちくりと胸を刺された。
「やれやれ、、、」
とつぶやいたら、彼女が「それ、探偵漫画の主人公気取りですか?」と笑った。

気づけば埋まる予定表

休日もつい仕事の予定を入れてしまう

日曜の朝、なぜか出勤してしまった。
「申請まだ終わってないし、見直しておこう」と思ったのが最後だった。
気づけば、時計の針は午後3時。
昼ごはんはカロリーメイトで済ませた。

誰にも求められてないのに書類を作っている夜

「あの依頼者、来週まで来ないですよ?」
「うん、でも今のうちにやっとけば楽だから」
気づけば、僕は未来の予定にまで全力で備えていた。
まるで探偵マンガで、犯人が事件を起こす前から推理してるような滑稽さ。

カレンダーに「デート」が存在しない現実

「なんで自分で“デート”って入れないんですか?」
「予定がないからに決まってる」
「でも先生、“仮デート”って入れてたら、もしかしたら本物になるかもしれないですよ」
妙にロジカルなサトウさんの提案に、返す言葉がなかった。

弁当屋のレジだけが会話の場

「いつもありがとうございます」
レジのおばちゃんのその言葉が、最近で一番長く交わした会話だった。

変わらない風景に疲れて

帰宅後のルーティンとテレビの無音

テレビをつけると、録画リストには『ルパン三世』の再放送だけが並んでいた。
「相棒がいないと仕事はできない」と不満げに呟く銭形警部を見て、思わずテレビを消した。
僕にはルパンも銭形も、いない。

机の上に積もる未処理書類と孤独

書類が積まれていく。まるで誰かに追いつかれてるような気がして。
だけど、誰も来やしない。

「ただいま」と言わない暮らし

玄関の扉を開けるたびに、「ただいま」と言わなくなった自分に気づく。
言っても、返事はない。

サザエさん一家すら遠い存在

日曜の夕方、あのオープニングが流れると、チャンネルを変えるようになった。
あの楽しそうな一家に、嫉妬すら感じるのが、ちょっと情けない。

サトウさんの本音

「先生、それ本気で言ってます?」

ある日、事務所の片隅で、彼女が言った。
「先生、ほんとは恋人ほしいんじゃないですか?」
「いや、仕事が恋人だから」
「それ、もう笑えないですよ」

書類より人間を見てください

「最近、印鑑押す位置ずれてますよ」
「え?」
「誰の顔も見てないからです。書類しか見てない。人間見ましょうよ、先生」

事務所での沈黙が増えた日

以前はもっと、他愛ない話をしていた。
最近の会話は、申請内容と締切ばかりだった。

元野球部のくせにキャッチできないもの

「先生、キャッチボール得意だったんですよね」
「まあ、昔はね」
「じゃあ人の心も、もう少しキャッチしてください」

それでも仕事が好きだから

「恋人」と呼ぶにはあまりに無口な相手

パソコンも、判子も、何も語ってはくれない。
でも、確かにそこにいてくれる。

それでも別れられない存在

どれだけ孤独でも、この仕事を嫌いにはなれなかった。
それが問題なのかもしれないけど。

やれやれ、、、今日も書類と睨めっこ

今日も「恋人」は無口だ。
けれど僕は、その静けさの中に、少しの安心を見つけている。

ほんの少しだけ、本物の誰かに会いたくなった夜

最後の電気を消すとき、不意に思った。
誰かとご飯を食べたい。
会って、笑って、ただの冗談を本当の笑い話にしたい。
明日こそ、そう言えるようになれたらいいのに。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓