奇妙な転籍届
依頼者の言葉に違和感
午後遅く、事務所に現れた中年の男性は、転籍届の手続きを依頼した。
「戸籍だけ、できれば誰にも知られずに移したいんです」
その言葉に、私は首をひねった。戸籍を移すこと自体は珍しくない。だが“誰にも知られずに”という部分が、やけに耳に残った。
古びた戸籍謄本の行方
なぜか別人になっていた父親
書類を預かって確認すると、父親欄の名前が一度も見たことのないものに変わっていた。
「これは訂正済みですか?」と訊くと、依頼者は顔をそむけた。
私は念のため、市役所に過去の戸籍謄本の写しを請求した。返ってきた原本にあったのは、まったく異なる筆跡の名前だった。
役所で見つけた二重登録
戸籍と住民票が別人を指す理由
住民票と戸籍の整合性を確認するため、役所に出向いた。そこで、名前は同じでも出生地が異なる二つの記録が存在していることが発覚した。
通常ではありえない状態だ。これは、何か意図的に作られた“分身”ではないか?
私は、ある種の“戸籍ロンダリング”を疑い始めた。
夜の法務局での奇遇
職員の妙な反応
日中の混雑を避け、法務局に出向いたのは夜間受付がギリギリの時間帯だった。
対応した職員は書類を見るなり、わずかに目を見開いたあと、すぐに表情を隠した。
「この方、以前も……」職員の言葉は途中で途切れた。私は、何かを見てしまったのだと確信した。
消えた戸籍ともう一つの出生地
本籍地が語らない真実
調査を進めるうち、依頼者の“前の戸籍”が存在しないことがわかった。
移転元の自治体では、すでに閉鎖された戸籍として保管され、通常では閲覧できない状態だった。
そこにこそ、彼の“本当の正体”が眠っているのではないか——そう考えた私は、保存文書の閲覧請求を出した。
サトウさんの冷静な推理
戸籍ロンダリングの手口とは
サトウさんは静かに画面を見ながら言った。
「これ、死んだ兄の戸籍を乗っ取ったんじゃないですか?戸籍ロンダリングってやつですよ」
さすが、頭の切れるサトウさん。私は感心しつつ、内心ちょっとムッとした。推理の中心にいたかったが、いつも彼女が先を行く。
シンドウのうっかりと活躍
保存文書から掘り出した鍵
やれやれ、、、自分の情けなさにため息が出た。
しかし、うっかり提出し忘れた確認申請書が、偶然にも旧戸籍の手がかりを含んでいた。
その中には、“死亡扱い”になっていた男の記録と、依頼者の筆跡が一致している証拠があったのだ。
やれやれ、、、帳尻は合ったが
正義と制度のはざまで
依頼者は自首した。
「兄が死んだあと、生活に困って……」と涙ながらに語ったが、法は感情を救わない。
帳尻は合わせたが、胸の奥には、どこか寒々しい風が吹いていた。
依頼者の真意と真犯人
偽名の奥に潜む過去
実は依頼者は、戸籍上すでに“存在しない”人物として、数年前に死亡届が提出されていた。
本当の戸籍主はすでに亡くなっており、彼はその“名前”を引き継いで生きていた。
真犯人は誰かと訊かれれば、それは制度の隙間そのものかもしれない。
後日談と静かな終わり
誰もいない戸籍上の家族
私はふと、閉鎖された戸籍を見つめていた。そこには、誰にも知られずに生まれ、誰にも看取られずに消えていった人の名前がいくつもあった。
「サザエさんなら、絶対に家族が助けてくれるんだろうな」
そう呟いた私に、サトウさんは一言、「アニメと現実は違います」とだけ返した。