識別情報を覗いた家

識別情報を覗いた家

登記識別情報が消えた日

机の中にあったはずの封筒

朝一番、地元の不動産会社から連絡が入った。「預けていた登記識別情報がなくなっている」とのことだ。小さなオフィスの片隅で、俺は電話を握りながら胃が痛くなってきた。物がなくなるなんて、うちの事務所では滅多にない。というか、一度もなかった。

犯人が外部ならまだしも、内部にいたらどうする?まさか俺が疑われたりなんて……考えすぎか。でも、嫌な予感だけは、野球部の頃からよく当たる。

サトウさんの塩対応と推理の始まり

冷たい眼差しとメモの束

「シンドウさん、昨日の夕方、鍵閉めたのは私ですけど」
サトウさんの冷たい一言が胸に刺さる。俺は苦笑いで返しながら、彼女が机の奥から取り出したメモを覗き込んだ。入退室記録を手書きで付けていたらしい。几帳面すぎて怖い。

その記録には、不動産会社の営業・長谷川が来たと記されていた。そして、誰もが気づいていなかった異常がひとつだけ書かれていた。

記録の矛盾と不審な動き

来ていないはずの人物

「これ……おかしいですよね」
サトウさんが指差したのは17時15分の欄。そこには「田島」と書かれていた。だが、田島は1週間前から出張中のはずだ。出張先は広島。今ここに来るわけがない。

登記識別情報の受け渡しをしたのは確かに「長谷川」だが、書類に押されたサインは、微妙に字体が違っていた。やれやれ、、、面倒な話になってきた。

封筒に残された謎のインク

青いスタンプと偽造の影

サトウさんが拡大鏡で封筒の封印を調べると、微かににじんだ青インクが見えた。「これ、うちのじゃないですね」
彼女はピンセットでその部分を取り、試薬で色を確認し始めた。彼女、ほんとに司法書士事務所の事務員なのか?

青インクは、地元の行政書士がよく使う古いスタンプから出たものだった。これはもしかして、外部と内部、両方に関係者がいる?

証拠の録画と開かれたロッカー

隠しカメラの存在

実は俺、うっかり防犯カメラの設置を忘れていた。が、サトウさんが勝手に自費で設置していたという。録画にはロッカーの前でゴソゴソしている人物が写っていた。映っていたのは……長谷川だった。

だが、よく見るとその背中には違和感があった。左利きの長谷川が、右手で封筒を持っていたのだ。

偽長谷川の正体

田島と双子の兄弟

驚いたことに、田島には双子の兄がいたらしい。そっくりだが、筆跡までは真似できなかったようだ。長谷川になりすました田島の兄が、偽造書類とすり替え用の封筒を持ち込んでいたのだ。

目的は、不動産売買で得られる利益の中抜きだった。識別情報を利用して、勝手に登記手続を進めようとしていたらしい。

登記識別情報の行方

思わぬ場所からの発見

封筒は倉庫の天井裏に隠されていた。うっかり屋根裏点検を頼まれていた俺が、脚立から落ちかけて偶然見つけた。結果オーライだが、サトウさんに思いきり怒られたのは言うまでもない。

「次からはヘルメット被ってください。死なれたらこっちが困ります」――言葉は冷たいが、少しだけ心配してくれている……ような気もした。

サトウさんの小さな優しさ

無言で差し出された缶コーヒー

事件が解決した後、事務所に戻ると、俺の机の上には缶コーヒーがひとつだけ置かれていた。ブラック、俺の好物だ。サトウさんは何も言わず、自分の席で書類整理をしている。

「ありがとう」と言うと、「は?」とだけ返された。でもまあ、いいか。やれやれ、、、今日も無事に終わったようだ。

そしてまた日常が戻る

封筒の中には静かな秘密

登記識別情報。司法書士にとって、それはただの番号ではない。人の人生と資産と、時には欲望の象徴でもある。今回の事件は、その象徴が狙われた珍しいケースだった。

でもきっと、明日もまた誰かがこの事務所を訪れて、別のトラブルを持ち込むだろう。そして俺はまた、「やれやれ、、、」と呟きながら、手続きを始めるのだ。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓