助手の静かな推理は机の下から始まる

助手の静かな推理は机の下から始まる

登記相談の午後に届いた一本の電話

「もしもし、そちらで不動産登記のことで相談を受けていただけますか?」

午後の眠気がちょうど襲ってきたタイミングで、私は電話を取った。声の主は中年男性。やけにせっかちで、何をそんなに急いでいるのか、と思いながらも、案件の詳細を聞く。

どうやら所有者が亡くなった空き地について、相続登記をしたいとのことだった。しかし話を聞けば聞くほど、何かが引っかかる。

不機嫌そうな依頼人と謎の空き地

やってきた依頼人は、スーツのサイズも合っていない、どこか余裕のない印象の男だった。手にしたファイルはヨレヨレで、中の資料も整理されていない。

「登記を急ぎたいんです。どうしても早く処理してほしくて」と何度も繰り返すその姿に、私は妙な違和感を覚えた。

その空き地は、私の事務所から車で15分ほどの場所。古びたフェンスが囲い、看板もなければ手入れもされていない。だが、依頼人はなぜかその土地に強い執着を見せていた。

登記簿に載っていないはずの所有者名

登記簿謄本を確認すると、確かに前所有者の名義で止まっていた。依頼人の言うとおり、相続の手続きは必要だ。

だが、依頼人が持ってきた固定資産税の納税通知書には、別の人物の名前が書かれていた。それがどうにも気になる。

私は「ま、たまにある話か」と自分に言い聞かせながらも、少しだけその名前が脳裏に引っかかった。

サトウさんが見つけた書類の違和感

「シンドウさん、これ、ちょっとおかしいです」

隣で黙々と書類を整理していたサトウさんが、唐突に口を開いた。彼女は、依頼人が提出した名寄帳を指差した。

「このページ、手書きの修正がされてます。しかも修正印がない。これ、正式なものじゃない可能性ありますよ」

古い名寄帳に残された手書きの注釈

私は彼女に促されるまま、その注釈を見た。確かに名前の一部が上から書き直されており、印もなく、筆跡も妙に雑だった。

「うーん、これは、、、役所で原本を確認してみる必要がありそうですね」

そう言いながらも、私は少し焦っていた。これは単なる不備ではなく、意図的な“細工”かもしれない。

司法書士シンドウのうっかりミス

「あっ」

私は、依頼人が持ってきた資料の束から、重要なものを事務所に置き忘れてきたことに気づいた。元野球部のくせに、ここぞという場面でエラーを出す癖は相変わらずだ。

「やれやれ、、、またやっちまったか」と呟きながら、私は慌てて事務所へ引き返した。

やれやれ、、、とため息をついた夜

戻ってきた事務所には、まだサトウさんの姿があった。定時をとっくに過ぎているのに、まだ資料を並べている。

「なんでまだいるんですか?帰っていいって言ったのに」

「気になったんです、この地番。昔、このあたりで所有権トラブルがあったんですよ。記事で読んだ覚えがあります」

元野球部のカンが鈍った理由

私はコーヒーをすすりながら、その話に耳を傾けた。確かに、かつてこの地区では競売絡みのゴタゴタがいくつかあった。

「昔のことだし、関係ないんじゃ、、、」と言いかけたとき、机の下に何かが落ちているのに気づいた。

茶封筒。封は開いており、中にはもう一通の名義変更申請書が入っていた。依頼人の名前ではなかった。

なぜか机の下に落ちていた郵便物

その書類には、別人の署名と押印がされていた。しかも日付が最近すぎる。これは、、、?

「これ、誰かが隠そうとしたんじゃないですか?」

サトウさんが椅子の背からひょいと顔を出してきた。私は無言でうなずいた。確信が生まれた瞬間だった。

登記識別情報の影に隠れた動機

私は依頼人を呼び出し、封筒に入っていた書類について問いただした。彼はしばらく沈黙したのち、ようやく口を開いた。

「……あの土地、実は兄のものでした。兄が亡くなる直前、名義変更の話が出たんですが、手続き前に亡くなってしまって、、、」

つまり、本来の所有者は依頼人ではない。そのことを伏せて、自分に有利な登記を進めようとしていたのだ。

サザエさんを見ながらサトウさんが放った一言

その日の夜、私はテレビの前でサザエさんを見ながら反省していた。登記のプロである自分が、こんな単純な誤魔化しに気づけなかったとは。

「だから言ったじゃないですか。机の下までちゃんと見ろって」

冷たくもどこか優しい声が背後から飛んできた。うう、、、返す言葉がない。

サトウさんの沈黙がすべてを物語る

その後、依頼人には正しい相続手続きを案内した。怒りも呆れもせず、サトウさんは淡々と書類を片付けていた。

彼女がふと見せた小さなため息。それがこの事件の締めくくりだった。

助手と呼ばれる存在でも、真実を見抜く目は一番鋭いのかもしれない。

助手の推理がすべてをつなぎ合わせる

事件後、私はサトウさんに素直に頭を下げた。「助かったよ、ありがとう」と。

「別に。仕事ですから」

いつものように塩対応。でも、それでいい。彼女がいれば、この事務所はなんとかやっていける。

隠された真の依頼目的

後日、元依頼人から感謝の手紙が届いた。あの土地は、兄の遺志どおり地域のために使われることになったそうだ。

私の仕事も、誰かの正しさを支える一部にはなれる。そう思えるだけで少しだけ報われる。

やれやれ、、、やっぱり司法書士ってやつは、派手じゃないが妙に重い役回りだ。

シンドウの最後のひと押し

「次の案件、これです」

サトウさんが新しいファイルをデスクに置いた。私は小さくため息をついて立ち上がる。

「うん、行くか。今度は机の下も最初からチェックするよ」

そして事件は書類棚の前で終わった

ファイルの奥に眠っていた一通のメモ。それは、今回の事件とはまったく関係ないはずだった。

しかし私は直感的に思った。次の事件は、もう始まっているかもしれない。

助手だけど、彼女の目は名探偵のそれだった。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓