事務所に届いた一通の封筒
「転送不要」と赤字で印字された封筒が、朝の郵便の中に紛れていた。差出人の欄には見覚えのない名前が印刷されており、宛先は確かにウチの事務所になっていた。だが、差出人が書類を依頼してきた記憶も記録も、どこにもない。
「なんか、感じ悪い字体ですね」とサトウさんが眉をしかめる。封筒の端が微妙に焦げていたのも、どこか不気味だった。
差出人の名前に覚えがない
手書きではなく、印字された差出人名は「コンドウセイイチ」。この地方ではよくある名字だが、セイイチという名前には心当たりがない。とりあえず、封を切る前に登記情報を確認してみることにした。
サトウさんの冷静な分析
「もし登記関係だったら、土地か会社の名義ですね。内容によっては不正の可能性もありますよ」 あいかわらず冷静なサトウさん。塩対応ながらも、有能さは折り紙つきだ。僕が悩んでいる間に、彼女はすでにネットで氏名検索を始めていた。
封を開けて見つかった奇妙な書類
意を決して封筒を開けると、中には委任状と登記申請書の下書きが入っていた。書類はしっかりした形式だったが、署名がどれも同じ筆跡に見えた。何より驚いたのは、委任者がすでに死亡しているという事実だった。
手紙の内容は「登記名義変更依頼」
「被相続人の財産を売却したい」と書かれていた。しかし、法的にはまだ相続登記もされていない。どうやら名義を直接変更して、何かを隠そうとしているらしい。
しかし依頼人の名前が死亡者だった
もっとも決定的だったのは、委任者として記載されていた人物が、役所の死亡記録で確認された「亡くなった人物」だったことだ。封筒が「転送不要」指定で届いた理由も、少しずつ明らかになってきた。
登記簿から見えてきた過去
登記簿を辿っていくと、その土地は三年前に第三者へ売却されていたことが分かった。しかし、その名義人が今も住所を同じにしているのかどうかが怪しい。
三年前に売買された土地
土地は一度他人の手に渡った形跡があるが、実際の現地に行ってみると、いまだに旧姓の表札がかかっていた。これは幽霊名義と呼ばれる手法かもしれない。
謄本に残された別人の痕跡
さらに、謄本には一度も現地に住んだことのない名義人の登記が残っていた。明らかに書類だけが動き、実態のない取引が繰り返された痕跡だ。
郵便制度が生んだ矛盾
「転送不要」という制度は、宛先人本人にしか郵便物が届かないようにする仕組みだ。つまり、今回の封筒は「すでに死亡している人物の元住所」に、なぜか届いている。これはおかしい。
「転送不要」が示す届け先の真実
「サトウさん、これって……郵便局が誤って配達したってことか?」 「いいえ、意図的に“届けさせた”可能性があります。死んでる人に、書類を渡しても意味ないですから」 郵便は生きていることを前提に動く。だが、人は時に死をも利用する。
サトウさんのひとこと「これ、生きてる人ですか?」
彼女の問いは、まるでルパン三世の峰不二子のような冷たくも鋭い刃だった。 そう、この委任状は“死人”によって書かれた“生きた証明”だったのだ。
地方銀行の押印と影
封筒の中には、なぜか地元の銀行の取引印影までコピーされていた。これが本物なら、なりすましはより深いものになる。しかし、そこには決定的な違和感が潜んでいた。
誰が通帳を管理していたのか
相続されていない預金口座から、不審な引き出しが複数確認された。死亡者の通帳と印鑑を使って、誰かが資金移動をしている。司法書士として見逃せない行為だ。
委任状に潜む古い筆跡の違和感
筆跡鑑定をすると、署名は明らかに「震える老人の手」ではなかった。むしろ若々しく、滑らか。つまり、誰かが書類を「用意」していたのだ。
シンドウ、役所で無駄足を踏む
死亡届の控えを確認しに役所へ行ったが、思った通りの新情報は得られなかった。外は残暑、汗がシャツに張りつく。 「やれやれ、、、また無駄な時間だったか」と独り言が出る。
だが、待合室で見た死亡広告が鍵となる
掲示板に貼られていた死亡者一覧に、見覚えのある名前を見つけた。「タカギユウゾウ」。まったく関係ないと思っていた人物の死が、事件に新たなつながりをもたらす。
繋がる点と点
死亡広告に書かれた日付と、封筒が届いた日が一致していた。つまり、誰かが“死亡を利用するタイミング”を正確に狙っていたということだ。
手紙が届いた日と被相続人の死亡日
その偶然は、偶然ではなかった。「転送不要」は、死者の住所にこそ意味を持つ。手紙が届いたのは、「誰にも読まれないため」だったのかもしれない。
不正登記を狙った旧知の人物の関与
調査の結果、昔付き合いのあった地元の土地屋が浮上した。彼は書類を操作し、相続前の財産を移動させようとしていた。 「昭和のカツオくんがそのまま悪党になった感じですね」とサトウさんがつぶやく。ちょっと笑った。
意外な結末と静かな制裁
証拠は揃い、警察への情報提供で不正は未遂に終わった。だが、転送不要の封筒がなければ、この一件は見過ごされていたかもしれない。
封筒が辿り着いたのは偶然ではなかった
封筒は、宛先の「司法書士事務所」に届けられるよう、差出人が意図していた。つまり、我々に調べられることを、どこかで望んでいた者がいたのだろう。
登記申請前に阻止された“もう一つの死”
被害を受けかけた相続人にとって、この封筒は“死の証”ではなく“命の証明”だったのかもしれない。ギリギリで救われた何かが、そこには確かにあった。
そしてまた静かな日常へ
「結局、書類一枚で人生が変わるんですよね」 コーヒーを啜りながらサトウさんがつぶやく。僕は苦笑いしながら、机の上に残った封筒をそっと引き出しにしまった。
「司法書士って、手紙一枚で世界変わるんですよね」
この仕事は、地味で報われない。でも時々、世界のほころびに気づくことができる。 やれやれ、、、地味な仕事にもドラマはあるってことだ。