古びた封筒の中の手がかり
父の遺品整理中に見つけた封筒
父が亡くなって三ヶ月。ようやく落ち着いて部屋を整理する気になった。古びた書棚の裏から、一通の封筒が出てきた。差出人も宛名もなく、ただ住所だけが走り書きされていた。
筆跡が残した無言のメッセージ
達筆というより、走り書きに近い文字だった。だが、どこか焦りを帯びているようにも見えた。何かを伝えようとしていたのか。それともただの覚え書きか。
登記簿が示す見知らぬ土地
司法書士の習性で調べたくなる
その住所が気になって、つい登記情報提供サービスを開いてしまったのは職業病かもしれない。そこには、父とは無関係に見える名義人の名前が記されていた。
誰かの名義で残された土地
旧地番の記録を遡ると、かつて父の名がそこにあった。しかし、何の登記原因も記載されていないまま、第三者へと名義が移っていた。妙な違和感が残った。
無人のはずの家に灯る明かり
夜の町外れで見た人影
日が暮れかけたころ、私はその住所の家を訪れた。ボロ屋だった。だが、ガラス戸の向こうに、誰かが確かにいた。電気がついていた。家主の気配があった。
応答のないチャイム
何度チャイムを鳴らしても反応はなかった。窓越しに中をのぞいても、カーテンの隙間からは何も見えなかった。ただ、さっき見た影は確かにそこにいた。
郵便受けに残された転送届の謎
差出人欄に記された意外な名前
郵便受けには転送届の控えが残されていた。転送先は近隣の町のアパートだった。そして、差出人欄には見覚えのある名前があった。父の従兄弟の名前だった。
関係者の顔が見え始める
生前、父とその従兄弟が頻繁に会っていたという記憶はない。だが、土地とこの男に接点があるのなら、何か理由があるはずだと思った。
近隣住民が語る父のもう一つの顔
「あの人、よくここに来てたよ」
近所の商店で訊いてみると、意外な答えが返ってきた。「ああ、あの人ね、月に何度か来てたよ。あの家、親戚名義でも実質はあの人の持ち物だったからね」
父は何をしにここへ
何をしに来ていたのか、までは誰も知らない。ただ、家の中に一人で籠もっていたという話も出た。まるで隠れるように。
サトウさんが見抜いた家屋番号の罠
現地調査で明らかになった違和感
「この地番、違いますね」現地に同行していたサトウさんが、そう指摘した。確かに表札と登記上の地番にはズレがあった。やれやれ、、、まったく気づかなかった。
番地の数字が塗り直されていた
よく見れば、表札の数字は明らかに上から塗り重ねられていた形跡があった。何者かが意図的に家屋番号を偽装していたのだ。
古い地図と最新の登記情報の食い違い
公図とブルーマップで探る真相
法務局で取り寄せた公図と、国土地理院の旧地図を並べて検証した。昭和50年代に町の区画整理があり、それを境に土地の番地が大きく変わっていた。
家は移動していなかったが番地だけが
家そのものは移築されていない。しかし、番地の変化により、その家が登記簿上では「別の場所」として扱われていた。それが登記上の隙間を生んでいた。
隠されていたもう一つの相続登記
未登記だった父の所有分
土地の一部は父が遺産分割協議で取得していたが、登記がなされていなかった。その間に、従兄弟が別名義で登記した可能性が浮かび上がる。
司法書士の仕事としての一手
私は念のため、家裁から協議書の謄本を取り寄せた。そこには父の署名と共に、当該不動産が相続対象であることが明記されていた。
空き家の真の持ち主は誰か
仮登記が語るもう一つの主張
さらに調べると、10年前に仮登記された記録が見つかった。申請者は、あの従兄弟だった。しかも登記原因は「賃貸借契約の解除に基づく所有権移転」だった。
まるで怪盗のトリックのように
仮登記のまま本登記を経ず、あたかも自分の物であるように居座る。怪盗キッドが煙玉を残して姿を消すように、法の隙間をすり抜けた形だ。
真実を語る唯一の書類
倉庫で見つかった登記原因証明情報
その家の倉庫の奥で、破れかけの封筒が見つかった。中には登記原因証明情報のコピーと、父の直筆のメモが残っていた。「この家はおれのもんじゃない、だが守る必要があった」
真意と想いを読み解く
誰から守っていたのか、それは書かれていなかった。だが、何かしらの責任感と未練が父をここに通わせていたのは間違いない。
サトウさんの一言で閉じた事件の幕
「これって、まあ、、、放棄ですね」
サトウさんが淡々と放った一言で、私は肩の力が抜けた。法的には父は何も望んでいなかった。ただ、それでも通っていた理由は、きっと人情だったのだろう。
すべてが収まるべき場所に
登記は修正され、仮登記は職権で抹消された。家は再び空き家となったが、奇妙な静けさが広がっていた。まるで父の魂が成仏したかのように。
帰り道で感じた父の気配
夜風と共に聞こえた声
駅へ向かう坂道の途中、私はふと立ち止まった。背後から誰かの気配を感じた。振り返っても誰もいない。けれど、風がどこか懐かしい声を運んできたようだった。
父と少しだけ話せた気がした
「ありがとう」と言ったかのようなその声に、私は目を細めて空を見上げた。夜空には星が瞬いていた。やれやれ、、、これも司法書士の仕事なのかもしれない。