登記完了予定日が告げた真実

登記完了予定日が告げた真実

登記完了予定日と一通の封筒

雨上がりの朝だった。僕の事務所のポストに、一通だけ異様に真新しい白封筒が差し込まれていた。差出人の記載はないが、切手も消印もなぜか完璧に貼られている。
どうにも気味が悪かったが、書類だらけのデスクに封筒を無造作に置いて、いつものルーティンに戻ろうとした。だが視線は封筒から離れなかった。何か、直感が告げていた。
「シンドウさん、朝から変な顔してますね」と、サトウさんの冷たい一言が、妙に現実味を帯びて僕を現実に引き戻した。

午前九時の事務所に届いたもの

その封筒の中身は、便箋一枚。達筆とも癖字とも取れる字でこう書かれていた。
「登記が終わる前に、どうしても伝えたいことがある。私の死は事故ではない」
やれやれ、、、朝からサスペンスドラマのオープニングみたいな展開だ。僕は頭をかきながら、冷めかけた缶コーヒーを手に取った。

差出人不明の白封筒

名前も住所も書かれていない。けれど、文末に記された一言が目に焼きついた。「相続登記の件で、あの土地について調べてください」
何の土地だ?と思いながら、頭の中に浮かんだのは一件の依頼だった。あれはたしか、三ヶ月前の相続登記の案件。
死者の告白――まるで金田一少年の事件簿みたいだが、司法書士にはそれを「ご遺志」として処理しなければならない。

その内容は死者の告白だった

僕は封筒を握り締め、登記記録のファイル棚を引っかき回した。すぐに該当の申請書が見つかった。申請人は、確かに故人となった男性の名前だ。
だが、亡くなった日付と登記完了予定日が微妙にずれていた。というより、申請された日が亡くなった翌日になっていた。
「死亡後の申請?……いや、代理申請か?」そう自分に言い聞かせながら、書類の端に残る細かい押印に目をこらした。

封筒に綴られていた不自然な文面

文中の言葉には、不思議と強い感情がこもっていた。「私の死のあと、兄が何かをした。証拠はある。登記識別情報を見ればわかる」
僕は心底嫌な予感がした。登記識別情報という単語が、司法書士の頭を重くする呪文のように響くときは、たいていろくなことがない。
封筒には、番号が一つだけ走り書きされていた。それは確かに、僕が手続きした案件番号だった。

「登記が終わる前に伝えたいことがある」

つまりこの手紙は、死者の名義で提出された申請に対する異議だったのか?
いや、それとも、自分自身の死を予見して残した告発状?
頭の中で、「コナン君」的な推理スイッチが入る音がしたが、残念ながら僕にはメガネも蝶ネクタイもない。ただの司法書士だ。

登記完了予定日を照らす過去の依頼

僕の記録では、その登記完了予定日は翌週の水曜。だが実際の提出日は一週間前、つまり――
死亡届と戸籍上の死亡日との間に食い違いがあったとすれば、申請自体が無効になりかねない。
念のため、原戸籍と除籍謄本を再確認した。すると、確かに死亡日と提出日が逆転していた。

数ヶ月前の相続登記の記録

その登記は、被相続人が兄である弟に名義を移すというごく一般的な案件だった。
ただ一つ異様だったのは、委任状がすべてコピーで提出されていた点だ。しかも、委任欄の署名が、どれも異様に震えていた。
「……これ、まさか別人が書いたんじゃ」サトウさんがぽつりとつぶやく。まさか、と思ったが、可能性は否定できない。

依頼人の名はすでに故人

その名で提出された申請は、死亡後に兄が作成した可能性が高い。というか、そう考えた方が全て筋が通る。
僕は、法務局に連絡を入れた。「登記識別情報が不正の可能性あり」と、手短に伝えたが、電話口の担当者も深刻な反応だった。
これは、単なる事務的ミスの範疇を超えていた。

サトウさんの鋭い観察

「ここ、筆跡が変です。あとこの契印、インクの濃さが違いますよ」
さすがだ。僕がぼんやり見過ごしていた不自然な点を、彼女は一瞬で見抜いた。
その視線はまるで、ルパン三世の不二子ちゃんばりの鋭さと冷静さを兼ね備えていた(ただし僕には甘さゼロ)。

筆跡と登記識別情報の矛盾

登記識別情報が正当なものだとしたら、死亡後の申請は不可能なはず。だが、識別情報通知書は確かに提出されている。
「偽造…でしょうね。スキャナか何かで加工した可能性あります」
やれやれ、、、司法書士ってこんなにスパイ映画みたいな仕事だったっけ。

司法書士としての責任を問う視線

「先生、これ…うっかりじゃ済まされませんよ」
サトウさんの一言に、胸の奥がちくりと痛んだ。わかってる。書類の山に埋もれて、基本的な確認を怠ったのは僕だ。
僕は黙って、机に肘をつき、天井を見上げた。依頼人が亡霊になってまで伝えようとしたことを、僕は見逃していた。

不審な申請ともう一人の登場人物

後日、法務局と警察が動き、提出された書類の指紋が調べられた。結果、押印された書類には、死亡した弟ではなく兄の指紋が残されていた。
兄は「手続きを代行しただけ」と語ったが、法的には通らない。相続登記においての本人意思確認は必須だ。
僕は、調査結果の報告書を読みながら、ため息をついた。もっと早く気づくべきだった。

隣県の法務局に残された痕跡

さらに驚くべきことに、同じ筆跡の申請書が別の土地でも確認された。兄は複数の土地を同様の手法で取得しようとしていたのだ。
「手間がかからない相続」なんて言葉がどこかで聞こえた気がした。だがその裏には、手間どころか魂すら踏みにじるような行為があった。
静かに、封筒を元の箱に戻しながら、僕はふとこうつぶやいた。「サザエさんみたいに平和な日常、戻ってこないかなあ」

やれやれというにはまだ早かった

登記は未完了となり、改めて正当な申請がなされることになった。
兄は書類偽造の容疑で事情聴取を受けたが、あくまで「善意だった」と主張し続けている。
やれやれ、、、せめてもう少し、字が上手ければバレなかったかもしれないのにな。

真相に近づくほどに増える書類と影

事件が終わる頃には、僕の机の上には新しい山のような調査書類が積まれていた。
サトウさんが、それらを整理しながらため息をついた。「先生、またうっかりしないでくださいね」
僕は苦笑いしながら、彼女に缶コーヒーを手渡した。平和な日々は戻るかどうか知らないが、少なくともまた月曜はやってくる。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓