書類の中にいた女
午後の来客と不穏な依頼
午後三時を回った頃、私の事務所のドアが音もなく開いた。見慣れない中年の女性が立っており、手には分厚い封筒。封筒の端からは何枚もの戸籍謄本がはみ出していた。「亡くなったはずの姉の戸籍が、まだ生きているままになっているんです」と彼女は言った。
女の名前が記録に残る理由
確認してみると、その戸籍には確かに「死亡」の記載がない。だが、役所から取り寄せた住民票には、すでに「除票」として記録されていた。どちらが正しいのか?というより、なぜ不一致が生まれたのか?謎は最初からこちらをにらんでいた。
消えたはずの戸籍
住民票に映る影
「この住所、今は空き家ですよ」とサトウさんが即答した。私はその声に引っ張られるように、Googleストリートビューを確認する。確かに朽ちた一軒家がそこにあった。人が住んでいる気配はなく、まるで時間だけが取り残されたようだった。
一度死亡したはずの人間
私は古い台帳を引っ張り出し、平成初期の戸籍改製記録を調べた。そこに記されていたのは、確かに一度「死亡」した記録。ところが、同一人物の名前で数年後に別の戸籍が作成されていた。「なあサトウさん、これ、二重戸籍じゃないか?」
サトウさんの冷静なツッコミ
無駄な紙をめくるシンドウ
「やっぱり紙で調べる時代じゃないんですよ」とサトウさんがぼそりと毒を吐く。私は紙の束と格闘していた。手元には不自然に新しい婚姻届の写しがあり、その証人欄に、既に死亡したはずの姉の名前があった。「…やれやれ、、、また紙の山か」
あっさり見つけるサトウの指摘
彼女が端末をカタカタと操作し始めてから五分後、該当の人物が養子縁組で別の戸籍に入り、しかもその後改名していることを見つけた。「この人、改名して同姓同名になってますよ。つまり、書類上は“別人”なんです」
過去の名義人の遺留記録
昭和の終わりに残された異変
調べを進めると、昭和の終わり頃に奇妙な名義変更が集中していることに気づいた。不動産の所有者が突然変わっており、登記の原因も曖昧。まるでルパンが通ったあとの金庫のように、ぴかぴかになった権利証だけがそこに残っていた。
同一筆跡の登記書類が二件
私は登記簿の写しを見比べた。二件の記載内容は違うが、署名欄の文字がそっくりだ。まるでコナンくんが見つける決定的証拠のように、その筆跡だけが真実を指し示していた。「これ、同じ人間が書いてるよな?」
墓地からの調査
墓標と異なる命日
週末、現地の墓地を訪れた。名前は確かに一致している。だが、刻まれた命日が戸籍上の死亡日と一年ずれていた。花も線香も途絶えていない。誰かが今でも手入れをしているようだった。「まだこの人、生きてるのかもしれない…?」
墓石に刻まれたもう一つの名前
よく見ると、墓石には小さく「サワコ」という名が副記されていた。依頼人の話では、それは“姉の双子の妹”で、幼い頃に病死したことになっている。「双子が入れ替わった…まさかね、そんなルパン三世みたいな話…」そう思いながらも、背筋が凍った。
サザエさんに学ぶ戸籍の混乱
波平の本籍地が二箇所あったら
「波平が二箇所に本籍置いてたら、タラちゃんはどっちの孫になるんですかね?」唐突なサトウさんの一言に思わず笑いそうになったが、戸籍の重複が生む混乱は確かにその通りだ。お役所もサザエさん一家も処理に困るだろう。
アナゴさんの婚姻届の謎に例えるサトウ
「アナゴさんが奥さんと別れずに、新しい奥さんの戸籍に入ってたら、マスオさんはどう対応するんでしょうかね」冷静すぎるサトウの視点に、私は「もうちょっと現実味のある例えにしてくれ」と心の中でつぶやいた。
戸籍法の隙間に潜んだ影
改製原戸籍の罠
本件の鍵は「改製原戸籍」だった。昭和から平成へ移行する際、膨大な記録が手作業で再転記され、そのミスや意図的な変更がそのまま現行戸籍に反映されていた。まるで古い時限爆弾が、現代に残されているようだった。
昔の手書き改ざんの跡
筆跡鑑定の専門家に見せたところ、明らかに異なる筆圧や癖が混ざっていると指摘された。昭和時代に書かれた死亡届に、平成初期の修正が混在している。これは、過去に誰かが“戸籍上の復活”を行った証拠だった。
決定的証拠は過去の登記
昔の売買契約の写し
登記所で発見された古い売買契約の写しには、「代理人サワコ」の署名があった。依頼人の姉は、名義変更のため妹の名前を使い、結果的に戸籍と本人の存在を入れ替えていたのだ。「これはもう完全にアウトですね」とサトウさん。
連続して現れる同じ保証人名
複数の取引に現れる「保証人」の署名が一致していた。その人物こそ、依頼人の姉が生き延びるために使っていた偽名の証明人だった。つまり、戸籍の書き換えは計画的なものであり、相続を巡る策略の一環だったのだ。
サトウが暴いた真相
戸籍を乗っ取った理由
依頼人の姉は病弱な妹の名を使って生き延び、自分の死亡を偽装することで、莫大な保険金と相続財産を手にしていた。そして「妹のふり」をすることで、法的追及を逃れようとしていたのだ。だが、戸籍は証拠を忘れない。
養子縁組の偽装と相続のトリック
しかも彼女はその後、別の家庭に“養女”として入り込み、再び新たな戸籍を手に入れていた。まるで怪盗キッドが次々と変装するように。偽装された人生が、戸籍の行間に密かに書かれていた。
やれやれ、、、真相は紙の中にあった
真犯人は親族の中に
真相を語ると、依頼人は黙って涙を流した。戸籍に残された姉の名、それは“死んだことになっていた妹”がずっと生きていた証でもあった。家族の裏切りは、最も信じた者から始まっていた。
シンドウの地味だが確実な一手
私は関係各所に報告書を提出し、戸籍修正の手続きに入った。相続登記の再申請、保険会社への通報…。地味な作業だが、これが我々の“戦い方”だ。やれやれ、、、事務員に全部押しつけられなくてよかった。
静かに閉じるファイルと現実
戸籍は消えても記憶は残る
人の名前は、法的には消せるかもしれない。だが、誰かの記憶に残っている限り、それは“存在する”のだ。戸籍は過去を記す紙だが、未来に繋ぐ鍵でもある。
サトウさんは今日もそっけない
「じゃ、次の案件行きますね」と淡々とファイルを差し出すサトウさん。私は思わずため息をついた。「少しは労ってくれないかな」と愚痴ると、「…じゃあコーヒー入れましょうか。無糖で」と返された。甘くない日常が、また戻ってくる。